8 月 27th, 2010 | Tags:

本日告知しました、9.11イベントですが、

お陰さまで完売となりました。

ありがとうございます。

残念ながら、買いそびれた皆様にはお詫び申し上げます。

当日の模様は、後日ラジオデイズのコンテンツとして

お聴きできるのではないかと思います。

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8 月 26th, 2010 | Tags:

多くの皆様よりお問い合わせいただいております9.11『内田樹vs中沢新一《迷走する資本主義》モデレータ平川克美』

ですが、

以下のサイトで、まだチケット入手可能です。よろしくよろしく。

ラジオデイズ ホームぺージ http://www.radiodays.jp/community/show_event/104

東京音協 03-3265-7855 http://www.t-onkyo.jp/Products/view?c_id=4

電子チケットぴあ 0570-02-9999P617-617

 http://ticket.pia.jp/pia/event.do?eventCd=1029009

ローソンチケット 0570-084-003(L:38607

http://l-tike.com/pc/d1/AA01G04F1.do?txtEvtCd=38607&txtPerfDay=20100911&txtPerfSeq=+&venueCd=32642&srcID=AA02G01http://l-tike.com/pc/d1/AA01G04F1.do?txtEvtCd=38607&txtPerfDay=20100911&txtPerfSeq=+&venueCd=32642&srcID=AA02G01

イープラス eplus. jp (パソコン&ケータイ)

http://eplus.jp/sys/T1U14P0010163P0108P002042978P0050001P006001P0030001

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8 月 8th, 2010 | Tags:

お暑うございます。

メディアは、連日「消える老人」の話題で持ちきりである。

「老人に何が起こったのか」「何が進行しているのか」

と、何か急に日本列島に異変が起きているかのようなアナウンスを行なっている。

最初俺も、何が起きているのかと訝った。

結論から言えば、別に何も起きてはいないということである。

東大阪市の記者会見で、若い(たぶん)記者が「老人の年齢を明かすことは誤解をもごもご・・・」

と歯切れの悪い市の職員に対して「誤解って何ですか」

「例えばどういう誤解があるって言うんですか」と詰め寄っていた。

俺はいつも、この手の社会問題に対して、

誰かに責任の所在があるはずであり、それを最も身近なところに

見つけ出そうとして正義の鉄槌を食らわせてやろうというマスコミの態度に対して

それこそが問題なんじゃねぇかと思ってきたし、書いてもきた。

問題をもう少し冷静に見てみれば、

一億数千万人の人口を擁する国の百人に満たない人々の

行方を自治体が把握できていないなんていうのは

ほとんど問題にすべきことでもないように思える。

そんなことは、これまでもあったはずで、過去の統計との比較によって

立案しているメディアは俺の知るかぎりでは皆無である。

いや、統計なんか調べる必要もない。

それ以前にすべての国民の所在を国家や、自治体が完璧に

把握している国家というほうが、俺には住み難い気がする。

また、これらの「消えた老人」に対して老齢年金などが支給されていることに

対して、「俺たちの税金が無駄に使われている」と怒る人々の顔が

テレビ画面に映し出されるが、

いいじゃないか、それぐらいの無駄が社会の中にあったってと

俺は思う。

問題は別のところにある。

そもそも、税金を支払うのは、「俺たちの金をとりあえず、お前たちに管理させているのだから絶対に無駄にするな、有効に使ってもらわなければ許すまじ」なんていう啖呵を切る人々が蔓延してきたことが、老人を孤独死へ追いやっていることに加担しているのだと

俺には思えるのである。

俺たちが税金を納めているのは、俺たちが使うべき、俺たちの金を、国家に管理させる

ためではないだろう。

この世の中が、人が暮してゆける程度の安全と、清潔を保守するために本来は、自分がしなくてはならないことを誰かに代行してもらうコストだと俺は思っている。

俺はそのときに、その金の使い道について厳密さを要求する権利もまた一緒に譲渡したのだと思っている。

社会資本とは、そのような権利の譲渡の積み重ねによって蓄積されるものであると思う。

自分が管理しているわけではないから、そこには無駄もあり、見落としもある。

遣り勝手が違うことを前提にしたコストなのだ。

 

問題は別のところにあると書いた。

それは、この社会が老人というものにたいする想像力を持てなくなっているということだと俺は思っている。もっといえば、社会の発展と、老人や子供に対する想像力はほとんどトレードオフの関係にあるということだ。

老人というものがどのようなものであるのかについて、

メディアに出てくる元気なあんちゃんたちはは分っているのだろうかと。

いや、俺も実際に介護をしてみなければ、ほとんど何も分っていなかったのだ。

老人は手足が自由にならず、記憶が薄れ、動きが緩慢なだけの存在ではない。

そのような外形的な老いの兆候だけ見ていると、老人とは何かということが良くわからないのだ。

舌がもつれ、嚥下が思うにまかせず、睡眠の後に再び目を開く確証はない、未来のない人々の姿は、自分たちの明日の姿である。

かれらが、どのような精神状態にあるのかということについて、俺はこれまでほとんど

考えてはこなかった。

現在の日本の社会は、老人の精神状態を顧慮してつくられてはいない。

効率を求め、成長を求める社会にとって、老人は邪魔で無駄で、厄介な存在でしかない。

一滴の金も有効に使わなければならないということを、納税者の当然の権利というように

考えるような思考法が、現在の日本の社会をつくってきたのであり、

それはまた、社会が成熟してゆくまでの自然なプロセスでもあったともいえる。

断言してもよいが、多くの行方不明の老人たちは、すでにこの世の中には存在していない。

この現在の管理社会を維持してゆくために、自分が死んだとき、どれだけ多くの事務手続きや作業をしなければならないか。

母親の死の後に、俺はあちこちの役所を駆け回り、書類を取り寄せ、調べごとをして書類に書き込み、それを提出することで忙殺された。

百歳以上の老人に代わってそれを行なわなければならない家族もまた、八十歳前後の老人なのである。

かれらが、書類の書き方が分らず、いやそもそも送られてくるものが何であるかの判断がつかず、届出をしないままに時間が経過したとしても、不思議ではない。

その結果として、多くの老人が「消える」と云うことに対して、

まあ、そういうこともあるよなといえるようないい加減さを認めるマインドが持てる社会というものを考えていきたいと思う。

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7 月 27th, 2010 | Tags:

ツイッターhirakawamaruに書いたら問い合わせ殺到の、

「もうしわけございませんシール」小田嶋隆先生作を公開します。

お手製なので入手は困難と思われます。悪しからず。

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これが拡大版。

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7 月 27th, 2010 | Tags:

200911181210000暑いね。

日本はもう亜熱帯だって、以前に書いたが、こりゃもう熱帯に近い亜熱帯だね。

半ズボン、Tシャツもしくは、甚平、作務衣をオフィシャルスーツにすべきだね。

着るもの一つで、アイデアが切り替わり、仕事のやり方、内容まで随分変わるはずだ。

空手をやっていると、そのことがよくわかる。

稽古着なしでは、真冬の稽古は寒くてかなわないだろうし、真夏の稽古はダレてさまにならない。

甚平を着て仕事をすれば、経済成長何パーセントとか、英語公用化なんていう方向へは向かわないだろう。

それで、ますますガラパゴス化することになるのだろうが、ガラパゴス化とは見方を変えれば、自然適応ということで、身の回りの自然や、歴史に逆らってグローバル化しなければならないという心理的な固着から自由になるということでもある。

ほんとうのグローバル化とは、世界がフラットになるということではなく、

世界中がガラパゴス化して個性化するということが許されるということだとおれは思うのである。

重要なことは、それぞれのガラパゴスが文化的に等価であるということ。

等価であることと、フラットであるということは似ているようだがまったく違う。

世界のガラバゴス化こそが多様性の別名なのである。

多様性を確保することの重要性をおれは常々主張しているのだが、多様性とは時間がかかり、少数派への配慮や尊敬というものが必要であり、効率化の対極にある概念である。

現在進行中のグローバル化とは、世界を一つの市場にした方が、効率的であるという資本の論理の先端で起きている現象だろう。

どのような甘言を弄ぼうが、グローバル化と多様性とはトレードオフの関係になる。

そのことの意味は、グローバル化が世界を席巻した後にわかることだ。

ツイッターにこんな書き込みがあった。

 

文人学者の福井勝義氏は、「現在、およそ6500の言語があると言われているが、2001年からの30年で3000の言語が消え、21世紀中には90%が消滅して300程度の言語しか残らない」

 

言語とは、ほとんど文化と同義語である。

自国語の変容に関して、もう少し注意深くなるべきだろう。

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7 月 15th, 2010 | Tags:

随分、ご無沙汰してしまった。

なんやかやで、忙しくてついついツイッターでごまかしていました。

こっちの庭は演説用なので、それなりの準備をしないとなかなか書き出せないのであるよ。演説したいことは沢山あるのだが、なかなか時間が取れない。

すぐにそわそわして、自転車に乗って近場を乗り回す日々なのである。

秋葉原や、新宿のオフィスも、自転車に乗って一時間以上かかって通ったのだが、

箱根の温泉で、まる二日間四角い座卓で豆腐を並べていたら

膝にきてしまった。

本日は、歩くのも辛くなった。

母親は、膝に爆弾を抱えていて最後の数ヶ月は、歩けなくなっていたが、

どうも、その弱点をおれも引き継いでいるのかもしれない。

そのうえ、空手の稽古で何度も回し蹴りを受け、

蝶番が緩んでいるところへもってきて、

介護で陣取った実家の二階と一階の頻繁な往復。

さらには自転車で一気に膝を使い、

仕上げは、麻雀で妙な姿勢をとり続けて固まってしまった。

もとから弱っていた膝が、ついに悲鳴を上げ始めたのである。

数日前から、コンドロイチンがいいという話を聞いて飲み始めているのだが

効いているのかいないのか、一向に改善しない。

まあ、じじいの膝とはこんなものなのだろうと思ってはいるのだが、

自転車に乗れなくなるなんてのは、避けたい。

 

箱根から戻った翌日の早朝、

会社から電話。

心筋梗塞で寝込んでいた社員が他界したとの報。

まったく、やりきれないような悪いニュースである。

なんとか、生き延びてくれるのではとの期待があったのだが、

事態はすこしづつ悪い方へ傾いていったようである。

死はどんなときも、辛く悲しいものだが、

若く元気だったものの死は、本人だけではなく生き残ったものにも

大きな傷痕を残していく。

逆縁というが、「寿命だった」「宿命だった」というように片付けられない

時間の断絶であり、あってはならない出来事なのだ。

おれは、自分の最も親しかった友人を三十路のときに病で失ったが、

その親友との関係は、そのときから凍りついたままで動くことがない。

かれが病に苦しんでいた時に、何もできない自分を責めたり、

それまでの関係を悔やんだりしたが、どうすることもできない自分と向き合うだけであった。

その数年後におれはかれについての追悼文を書いたのだが、

何を書いても、その言葉はかれのもとには届けられることはないのだと思うと

やりきれなさが募るばかりであった。

死んだのはかれで、おれは生きている。

それは、もっとも残酷な偶然の出来事のようにおれには思えた。

これから生き続けるためには、どこかで自分で自分を納得させる必要があった。

逆縁としての死は、どこまでいっても不条理そのものである。

そのときに書いたものをおれはほとんど忘れているが、

「いま届かない言葉は、生きているときだって届いてはいなかったのだ。

生きているとはそういうことだ。

もし、かれの死に救いらしきものがあるとするなら、

かれが病という「偶然の死」を、闘病の最後の床で、自ら選び取った

「必然の死」に変えたのだと思いたい。」

というようなことを必死の思いで点綴していたのである。

 

 

 

 

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6 月 25th, 2010 | Tags:

ラジオデイズのアシスタントをしてもらっている、五十川藍子さんが会社をつくった。

何と、社長になったのだ。

株式会社アートオブライフ。

先ほどテレビを見ていたら、最近の最大のヒット文具は、

遺言書の書き方ノートらしい。

おりしも、来る七夕、七日の7:30から、この会社のスタートアップイベントとして、虎ノ門CoCo-de-sica Esta(ココデシカエスタ虎ノ門)で、『100年後に贈るラブレター、遺言書の書き方講座』というものをやるらしい。

父親の介護の日々を送っている俺としても、興味津々の内容。

なるほど、100年後に贈るラブレターなのね。

参加費用は、投げ銭方式と、

なんだか、藍子ちゃんらしい。

お時間のある方、是非のぞいてみて下さい。

申し込みはメール

info@artoflife.jp

詳細は

http://www.artoflife.jp/

で。

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6 月 16th, 2010 | Tags:

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鬱陶しい梅雨が始まった。

「最悪のタイミングでしたね」と言われた初の自転車出勤。

尻を赤く腫らして、全身汗みどろで、大田区の外れから新宿まで一時間余のライディングであった。

オフィスに着いてしばらくは汗と疲労で呆然としていた。

これまで、気がつかなかった土地の高低に敏感になっている。

大田区は、羽田裏あたりから続く土地で、海抜ゼロメートル地帯の江東区と並んで、東京では最も低い位置にある。

だから、東京の中央部へ行くには、坂を上ってゆくということになる。

九段などはかつては、小山であってかなり離れたところからもその山を見ることができたということである。

そういうことで、おれはまず、第二京浜国道を五反田までだらだらと登っていくのである。

目黒はさらに、そこから坂を上るのだが、それを避けて山手どおりを渋谷方面に向かう。

渋谷は、しぶたにで、確かに裏渋谷は谷になっており、代々木八幡を越えて新宿までがまただんだら坂であった。

以前、山に登っていたことがあって、いきなり谷川岳、一の倉岳に着流し気分で入ってへばってしまったことがあった。

これを教訓にして、丹沢で一鞭いれておいてから穂高へ上ったがそのときは、やはり事前の一鞭が効いてへばることなく山頂まで行けた。

友人と賭けマラソンをしたときも同じである。

最初の時は完敗であったが、二度目は一ヶ月前から家の近くを走っていたので、当日は完勝であった。

長距離は、兎に角準備が大切だということだ。

自転車出勤も二度目、三度目にはだいぶ楽になっているのではないかと思うのだが、これから猛暑の夏がくるので、汗対策を考えなければならない。

 

おれが、国道を必死で漕いでいるころ、

秋葉原のオフィスでは、迷い込んだ飛べない口太カラス(子ども)が行き詰まっていた。

カラスをマジかに見るのははじめてであるが、

結構つぶらな瞳と、猛禽類の雄々しい嘴を持った生き物であった。

世の中では、害鳥ということで、忌み嫌われ、住民から問題視されているが、

こうやって、つぶらな瞳を見ていると、

生まれた時から害鳥呼ばわりされる身の上には同情を禁じえない。

誰も害鳥になりたくてなったわけではない。

カラスにはカラスの論理があり、自由がある。

地球規模の目線で見れば、最も害を及ぼしているのは人間であることは間違いあるまい。

カラス餌付け禁止条例を叫ぶ住民たちと、

動物保護を訴えるひとびとは、相容れない。

どちらの言い分にも理がなくはないが(あたりまえだね)、双方ともに自らの主張が絶対的であると思うほどには、自らの立ち位置がどこにあり、自らのエゴがどこにあるのかについて考えようという情熱は強くない。

このような、ある立場から見れば理があるような問題は、ほとんどが優先順位の問題であり、バランスの問題だとおれは思う。

優先順位とか、バランスの問題とは、まあまあ何とかやっていけるために妥協するところは妥協しましょうということで、政治的な主張とも正義がどこにあるのかなんていうこととは次元をことにしている問題だということだ。

生身の人間が何とかうまく生身を遣り繰りする問題というものがあり、ほとんどの問題がそこに帰着してゆく。

それでも、ひとはしばしば、これを正義問題と取り違えるのである。

 

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6 月 9th, 2010 | Tags:

三回目は、驚きの(多くの人々を怒らせるだろう)結論部分です。
普天間問題のような解き難い問題に対してどのような立ち位置を取りうるのかということへのひとつの答え方を提示しようという試みです。
現実的でないという批判は当然あるだろうと思いますが、長い歴史的スパンの中では必ずこのような方向へ進んでいくはずだとおれは思っています。

 

アジア共同体と主権の譲渡

 

 

現実的な選択の可能性を考えてみよう。アメリカとの友好関係をそこねることなく、同時に中国をはじめとするアジア近隣諸国との経済関係を推進しながら、なお日本が独立した民主主義国家としてのポジションを獲得することができるのか。金融ショック以降、覇権に陰りを見せているアメリカと、名実ともに存在感を増している中国との峡間で、中立的な政治選択をし続けるというのは易しいことではない。日本は、今やアメリカ無しではやってこれなかったように、中国も無しではやっていけないのだ。

一方で、日本は二〇〇六年をピークにしてドラスティックな人口減少局面に入っている。このような急激かつ長期的な人口減少を日本社会は歴史上経験したことがない。これから日本に起こることには前例というものがないということを考えなくてはならない。日本が前例踏襲というわけにはいかないように、世界の覇権地図も塗り替えられようとしている。G20の存在感は強まり、戦後六十数年続いてきたアメリカの世紀、一国覇権の世紀が終わろうとしている。これ以後の世界は、これまでの覇権国家同士のパワーゲームから、多極化した経済ブロックによる共生関係へと移行する。わたしたちは、移行期的な混乱のなかで、解き難い問題の前に立っているというわけだ。

しかし、わたしは、解き難い問題を孕んでいたかに見える日米関係の中にこそ、日本が採りうる選択の可能性というものを探ることができるのではないかと考えている。まずは、憲法も安保も当初持っていた意味が変質した今が、日本人がもう一度その現在的意味と意義を捉え直す機会であるということである。これまで日本人がやり過してきたのは、時代の変化とともに意味合いを変えてきた戦後的な条約や、法律や、制度といったものの捉え直しであったが、それには理由があった。そのことによる利益以上に、やり過すことの利益が大きかったからである。今はもう、そのように言うことはできない。

日米安全保障条約についの軍事的な意味は、アメリカのそれと日本のそれとでは大きく食い違ってきている。日本は、極東に一端有事があれば、憲法によって自ら手足を縛っているのでアメリカ軍による日本防衛を期待している。一方アメリカは、日本防衛は視野の外延にあるに過ぎず、遂行上はもっぱら「テロとの戦争」に対する中継、発進、兵站のための施設として利用価値があり、戦略上は対中国に対して睨みを利かせるといった地政学的価値があると考えている。それ以外にも、アメリカの国内問題として、国防省、軍関係産業の権益を守る上で沖縄からの撤退は大きなダメージを蒙ると考えているものと、沖縄問題は政治的・経済的日米関係にとっては第一義的な問題ではないと考えているものとの対立があるだろう。繰り返すが、両国にとって安保問題、沖縄問題は国際問題であると同時に国内問題でもある。

アメリカも中国も、どちらもなしではやっていけない貿易立国の日本が、国家主権の確立としての憲法の改正、安保条約破棄、再軍備へ向かうことは、変転する国際情勢の中ではもはや時代遅れであると言わざるをえないとわたしは思う。ヨーロッパ共同体がそのひとつのヒントだろう。地域的な政治・経済共同体が可能になるためには、関係各国が国家の枠組みを超えた機関に主権を譲渡してゆく必要がある。アジア共同体にアメリカが入るかどうかはひとまず措くとして、アメリカも中国も自国の主権を譲渡するという考え方を推進することは難しそうである。

アジア共同体ができるまでは相当の曲折を覚悟する必要があるだろうが、その最低の条件はこの共同体に参画する国家がそれぞれ主権の一部を譲渡することができるかどうかにかかっている。もし、軍事的主権、政治的主権の一部を共同体に譲渡することを率先してできる国があるとすれば、それはこれまでその両方をアメリカに事実上譲渡してきた日本の経験知が生かされるはずである。

アメリカ抜きのアジア共同体を作るのなら、日本はアメリカとの軍事同盟を破棄し、自主憲法を制定し、自国軍を持つという選択をするということになるのかもしれない。それはアメリカもアジア諸国も望んではいない。アメリカを含めたアジア共同体ということであるならば、これまでアメリカに実質上譲渡していた、軍事的な権力と政治的な主権の一部をアメリカの同意のもとに譲渡先をアジア共同体へと移行することが可能になり、これならアメリカも受け入れることができる可能性がある。しかし、中国はすでにアジアに経済圏を構築しつつあり、アメリカを含めたアジア経済圏を受け入れる必要が無い。

アジア共同体構想のネックは、米中関係そのもののネックである。

ここに、両国無しではやっていけない日本が役割を果たすことができる余地がある。安保条約の廃棄ということなら、中国もこれを喜んで受け入れるだろう。しかし、アメリカが受け入れられる形にするために、単純に条約を破棄するのではなく、主権の譲渡先をアメリカ単独からアメリカを含む共同体への移転という代替案を掲げる。単独覇権か、アメリカ抜きのアジア共同体か、アメリカを含めたアジア共同体のどれを選ぶかは、アメリカ自身の選択になる。アメリカがこのような考え方を受け入れられるか否かは、アジア共同体への参画が、中国を仮想敵とした日米軍事同盟以上に重要であると考えるかどうかにかかっている。アメリカ経済の今後の帰趨いかんでは、EUにかつてのソ連圏の国が参加したように、アメリカ合衆国のうちのベイエリアの州政府単位での参加という可能性もまったく荒唐無稽とはいえない。

いずれにせよ、そう簡単にはいかないことは承知しておくべきだ。

戦後半世紀以上放置していた日米関係の問題の解決にも、米中対立の問題の解決にも、同等の時間がかかる。紆余曲折があることを織り込んだ上で、遂行的な方向性を示すことが重要だろう。

通貨統合、政治統合へと歩みをすすめてきたヨーロッパ共同体の半世紀の歴史は、戦後ヨーロッパ六カ国による石炭鉄鋼共同体という第一歩がなければ生まれなかった。石炭鉄鋼共同体は、フランスの当時の外相の独仏恒久和平への提言がなければ生まれなかった。

「いや、どんな国家も、平和への理念だけでは動かない。それが国益に利さない行動はしない」と言われるかもしれない。

しかし、日本は軍事的な主権の維持にかかるコストを、産業の振興や福祉に向けることが、大きな国益となることを証明できる稀有な国家である。なによりも、この主権譲渡という考え方を積極的に働きかけてゆくことで、日本が戦後やり過してきた一物二価としての国家を、新しい主権のあり方を主張する統一した理念を持つ国家主体として表現することができる。

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6 月 9th, 2010 | Tags:

前回の続きを掲載します。

調度データベースの設計をしていた時に書いたものなので、データベースではご法度の「一物二価」の国家というアイデアが浮かびました。(その3で終了です)                              

 

 

 

矛盾の在り処

 

ほんとうは、九条も日米安保も戦後日本が平和だったことの排他的な理由ではないし、どちらかが欠けていたからといって結果が違ったかどうかを断定することなどできないと言うべきだろう。もし、現実的な戦後日本の平和の理由を探し出そうとするなら、憲法や安保条約以上に、日本がこの間進めてきた近代化、民主化、都市化によって経済大国となったということのほうが、その直接的な理由として挙げられるべきだろうと思う。どんな憲法や、条約も戦争を抑止することはあっても、平和を積極的に推進しはしない。対して経済的な利得は戦争の抑止というよりは、平和推進のエンジンになるのである。

軍事同盟は常に仮想敵を必要としているが、経済交流は軍事的な仮想敵の中にさえ友好的な部分を見つけ出そうとするからである。

日本が経済大国になったということは近隣諸国家との間に、後戻りできない経済交流を築き上げてきたということでもある。多国間の民間組織同士が作り上げた生産と消費の網の目のようなネットワークは、そのまま多国間の紛争のリスクを分散する結果になったのである。

戦争は国家間の紛争解決の手段であり、国家間の紛争とは利害関係そのものの不調によって生じる。子どもの喧嘩と、戦争が異なるのは誰も自らの力を誇示したいという理由や、勝てそうだという理由だけで他国へ攻め入ることなどしたいと思わないということである。帝国主義の時代には、確かに上記のような一面があったことは否定できないとしても、各国の民主主義の発展や、経済交流の進展は、帝国主義的領土の拡大を可能にするような国家同士の経済的・文化的非対称は徐々にではあっても解消する方向に向かわせる。東欧革命とそれに続いたソビエト連邦の崩壊によって世界を二分するイデオロギー対立は消失しており、イデオロギー対立が招来する正規軍同士が角逐する軍事的な対立も事実上消失している。

仮想敵国間の経済交流が一定のラインを超えたとき、仮想敵というコンセプト自体が陳腐化するのである。帝国主義的領土拡大による対立、イデオロギー的対立の時代は、すでに終わっており、代わって経済的、文化的、民族的な軋轢をめぐる地域的な紛争が起こってきている。この小さな紛争の多発は、裏返して見れば敵対国家陣営同士の正規軍が正面から衝突することがもはやできないことを示している。その理由は、述べたとおり経済的なネットワークが、もはや国境を越えて張り巡らされており、国家同士の全面対立はその勝敗に関わらず国益を損なう結果になることを、各国の首脳が知っているからである。政治的、経済的な衝突は国家同士の正規軍の対立を避けて、小さな紛争の形で演劇的・アリバイ的に続けられることになる。おそらく、これから先、沖縄の基地も含めて日米安全保障条約が持っている軍事的意味合いはさらに大きく変化してゆくことになるだろう。いや、前世紀的な軍事的・政治的な意味合いは無化されるといってもよいと思う。

残るのは、日米にわだかまる心理的・象徴的な意味合いである。

 平和憲法と、日米安保条約という軍事同盟は、アメリカの極東戦略上なんら矛盾を生じないものであったし、同じひとつの目的によって生まれた。しかし、日本においては一方が平和の礎であり、もう一方はアメリカの軍事的戦略に加担するものであるという矛盾として存在し続けた。どうして、アメリカ側から見て無矛盾的な憲法と安保条約が、日本側から見ると矛盾した存在であったのか。これについて考えることが、日本において今日、憲法と日米安保条約が持つ問題解決の鍵になる。

この二つの事案が矛盾した存在に見えるという理由はひとつしかない。それは憲法と安保条約の矛盾ではなく、日本の主権そのものが孕んでいる矛盾であるということである。日米安保条約を肯定し、自主憲法制定を主張するものの中にその矛盾は典型的に現れている。あるいは日米安保条約を否定し、憲法を擁護するものの中にもその矛盾は現れている。この矛盾のよってきたるところは日本が掲げる理想と日本が陥った現実との間の矛盾ではない。理想と現実が矛盾をきたしているのではなく、戦後日本の主権そのものが宿命的に抱え込んできた矛盾なのだという他はない。例えて言えば、ひとつの商品が二つの価格を持つ一物二価の矛盾である。戦後の日本はそのような一物二価の国家として成長を遂げてきたのである。

つまり、日本は建前上は独立した民主主義国家であるが、同時にアメリカの政治戦略の中に深く組み込まれた属国的な国家でもあったということである。日本は、国際社会の中で、あるいは国内世論を説得する場合においても、この二つの矛盾した位相をその都度好都合に解釈して利用してきたのである。そして、まさにその矛盾した位相を引きずり続けることと経済的繁栄はトレードオフの関係にあった。結果として経済大国となった今日、そのことに多くの日本人が苛立ちを覚えている。大国である以上、一物一価のすっきりとした国家になりたいと考えることは理解できる。だが、矛盾の解消としての憲法改正も、安保条約破棄も、現実的にはアメリカからの主権的な独立ということを意味している。

どちらも、アメリカが最も忌避したい選択であり、アメリカの極東戦略上許しがたいことであると多くのひとが考えている。そして、もしこれらを変更する場合には、それは同時的に行われなければ、本質的な矛盾の解決には至らない。 

 

 

 

 

 

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