アメリカが、金融自由化の流れを堰き止めようとしている。
すくなくとも、オバマ大統領とその周辺は。
銀行のファンド投資の禁止など、
これまで米国経済戦略のバックボーンであった
レバレッジ金融システムを終わらせようということである。
日本の新聞の論調は、
このオバマの方針に対して、
たとえば「米経済のダイナミズムをそぐことになれば、
開発途上にある世界経済にも影響が及びかねない」(日本経済新聞1月22日)
などと否定的なニュアンスを伝えている。
日経は、ビジネス紙なので、こういった論調になるのはうなずけるが、
一般紙もほぼ同様な見解を並べているようである。
各国の株価も発表をうけて、下落したようである。
米国は経済のダイナミズムを毀損する策を行おうとしているのか。
俺の考え方は、まったく反対である。
米経済のダイナミズムとは、
国策であったレバレッジ金融システムの破綻を受けて、
一方で対蹠的な金融機関救済策を行いながらも、
もう一方で、これほど大胆な方針転換を打ち出せる
というところにある。
確かに、もしオバマの方針がひとつひとつ実現されていけば
世界経済はシュリンクする方向へと向かう。
ただ、それをシュリンクだというのは、
レバレッジによってどこまでも架空の信用を膨らませることで、
利益を得てきたものたちとその同類たちである。
この度の政策は、
銀行を本来業務のマーチャントバンクに戻し、
風船のようにどこまでも肥大化した投資銀行には制限をつけるということで、
金融の経済と、実物の経済の乖離を埋めてゆくということであり、
シュリンクではなく、適正化へのプロセスであると見るべきだ。
勿論、金融経済と、実物経済はリンクしている部分とリンクしていない部分がある。
そして、それらは截然と区別できるわけではない。
この度のオバマの方針は、実物経済と直接的にはリンクしないマネーゲームを
制限するというものであるが、それでも
その影響は、実物経済とリンクしている事業投資や、ベンチャー投資にも
現れてくる。
しかし、
巨大化して潰せなくなったのは、
インベストメントバンクだけではなく、
レバレッジ金融システムによって膨張した欲望である。
肥大化した金融システムを制限しても、膨張を続ける欲望を
制限する手立てはない。
以前、マズローの欲求五段階説をねたにして、
人間の欲望の構造について考えたことがあった。
マズローの説が科学的な妥当性を持っているのかどうかについては
問題ではない。ただ、その分類法(肉体的欲求から精神的欲求への階梯)を
考えてみたのである。
食欲や、睡眠欲というような人間の生存に関わる欲求というものは、
それが一端満たされると、そこで一端は収まる。
俺が飼っていたマルは、食欲が収まるということはなかったけれど、
人間の場合には、食べ続けることは途中から苦痛に変るだろう。
性欲は精神的なものと肉体的なものとがハイブリッドになっている。
心的な領域における欲求、つまり名誉欲であるとか、尊敬への欲求、それらとリンクする金銭欲や物欲は
それが心的な欲求であるがゆえに、収まることがない。
つまり、肉体的な欲求は繰り返されるだけだが、
精神的な欲求はそれが満たされると、さらに大きな欲望を生み出すことになる。
つまり、拡大再生産するのである。なぜなら、
自ら執着、自家中毒を食い止める機制は、肉体そのものの内部にしか存在しないからだ。
レバレッジ金融が、一端発動してしまうとほとんど無限に拡大してゆくのは、
この心的な領域(幻想の領域)における欲望の拡大再生産と相似的である。
肉体的な欲求、フィジカルな欲望が肉体そのものの機能によって、拡大再生産しないで
持続可能性(生命そのもの)を保証するように、
経済もまた、実物の経済が肉体の役割を果たしている。
人間の生態を観察すれば、フィジカルな欲望と、幻想の欲望が乖離した
人生というものは、最後には悲劇しか生まないことが見てとれるだろう。
それは、経済でも同じことだろうと俺は思う。