2 月 3rd, 2010 | Tags:

以前やっていた会社

アーバンの時の主要メンバーのひとりである

吉沢くんのご母堂がお亡くなりになった。

謹んでお悔やみ申し上げます。

父上はすでに鬼籍の人になっているが、

この方は日本の連珠チャンピオンで、

鬼の吉沢との異名をもっていた。

祖父は有名な登山家で、

白髭をたくわえた哲人風の顔が

某社のウイスキーのテレビCMで流れていた。

吉沢くんはサラブレッドなのである。

 

駄馬である俺とは違い、

かれは大変な母親思いで、

今日も姉上より、

「自分は弟の足元にもおよばない。

まかせっきりでした」

というお話をうかがった。

今日の告別式では、

喪主の挨拶として、

お通夜までの三日間を、

自宅に棺を安置して、

会話をし続けたということが語られた。

かれの愛惜がこちらの胸に迫り、

俺ももっとおふくろを大切にしていればと、

誰でもが持つ感慨に耽ったのである。

ほんと、

親孝行したいときには親はなし

なのである。

 

明後日は、俺の方のおふくろの

四十九日である。

それまでに、実家への引越し、

こんがからった会社仕事、

原稿書き、

あらたな注文、

めしの支度、

となんやかやで忙しい。

 

いまはまだ仮に設えた

仏壇に手を合わせる。

おふくろ、とにかくたのむ。

これでは、親に金を無心する息子と同じであるが、

その親がすでにいないという事実だけが違うのである。

それでもひとは、手を合わせて何かを祈願する。

それで、何か解決するわけではないのだが、

手をあわせてたのむだけで、少し気持ちが軽くなる。

少し気持ちが軽くなると、

何かが解決したりするのである。

 

Comments Off
1 月 29th, 2010 | Tags:

いま書いている『移行期的混乱』について、

それがどんなものなのかを少しご紹介しておきたい。

まあ、予告編です。

いま、だいたい七合目の辺りを歩いているが

視界はそれほど悪くは無いといったところである。

安藤さん、安心してください。

 

さて、『移行期的混乱』は仮のタイトルであるが、

本書の主題をひとことで言い表すなら次のようになる。

「成長戦略がないことが問題なのではない、成長しなくともやっていけるための戦略がないことが問題なのである。」

今日テレビを見ていたら、ほとんどおなじことを同志社大学の浜矩子さんという学者が言っていましたね。世の中随分変ってきたものである。

 

予告編だが、同書の最初の総論は次のように書き出される。

 

わたしたちが今生きている時代とは、どんな時代なのか。

これが最初の問いである。何故これが最初の問いなのかといえば、これからわたしが語ろうとすることには、時代性というものが色濃く刻印されているからである。

時代性とは何か。

どんな時代にも、個人の思考は個人的な資質と、個人的な経験によって形作られる。百人いれば、百人の思考、感じ方がある。そう考えたいが、人は自分で思うほど自由に思考し、自由に感じているわけではない。自分たちがその一員であり、推しすすめているひとつの時代は、同時に自分たちの思考や感じ方に強い指向を与えている。

わたしたちはひとつの時代をつくるが、同時にひとつの時代によってつくられているといってもよい。

さしあたって、時代性とはわたしたちによく見えなかったものの総和が、ひとつの輪郭を見せはじめたときに事後的に名指した時間の帯のようなものだと考えてみる。

たとえばそれは、戦後復興の時代、高度成長の時代、一億総中流の時代、長期的停滞の時代というように名指されてきたのである。

本書においては、これまでどおり働くとはどういうことなのか、ひとはなぜ働くのか、働いて何を得てきたのかといったやや抽象的な問題をめぐって議論をすすめることになるが、議論の背後にあるのはいつも現場で苦闘している会社であり、社会のなかで呻吟している具体的な個人である。

抽象的な問題について語っているが、それらの問題とは、様々な矛盾を内部に孕んだ具体的な会社と、そこで働きながら瑣末な事象に振り回される具体的な人間の関係の中からしか抽象されない。特定の時代の、特定の地域の、観察可能なもの、つまり時間的にも空間的にも限定的なことがらについて考察することがなければ、抽象的な議論もまた意味をなさない。

 ミレニアムから十年を経て、わたしたちの生きている社会はこれまでそうだったように、経済発展の過程にあり、近代化、都市化、脳化した風景を作り続ける途上にあるといえるのか、あるいは既に発展の頂点を極めて、生産と消費が平衡する停滞した社会へ向かっているのかと考えてみる。人間に喩えるなら、わたしたちの今生きている社会はいまだ成長の途上にあるのか、あるいは壮年期を迎えて、やがては老衰へと向かっているのかを知らなければ、わたしたち自身がどのように自らを規定し、どのような生活のリズムで生きるのがよいのかの指針を得ることができない。

 

(中略)

 

戦後、資本主義的生産様式を国家的なシステムとして採用し、国内産業を保護しながらも大きな経済成長を成し遂げ、さらには世界の趨勢に倣って自由貿易を推進しながら巨大な貿易国家を作り上げて現在に至った経済・産業発展のプロセスの背後で、日本人の生活の意識もまた大きな変貌を遂げてきた。リーマン・ショックは海の向こうで起きたことだが、その影響は日本を直撃することになった。ただし、リーマン・ショックがあったから、日本経済が混乱におちいりひとびとの生活意識が変わったのではない。順序は逆である。アメリカと日本を同等に論ずることはできないが、近代化のプロセスの中でひとびとの生活意識が大きく変貌し、それがひとつの時代的な転換点にまで到達したがゆえに、様々な混乱が起きていると見るべきだろう。

しかし、日本の多くの経済学者も、政治家もそのようには考えない。今回の経済危機はシステム運用上の失敗に過ぎず、経済的な施策によって行き過ぎた金融の信用創造に歯止めをかけることで再度新たな経済成長が期待できるはずであるという見立てである。現在わたしたちが抱えている諸問題、たとえば環境破壊や格差拡大、人口減少社会の到来、長期的なデフレーションなどは技術のイノベーションによって解決され、やがては市場が回復し、経済は成長の軌道へ戻される。今は、持続的な経済発展のプロセスの中での、過渡的な挫折であり大きな生産、交易、分配のシステムはこれ以後も変化することはないと考えている。(この場合は構造転換は起きていないという見方である)。

繰り返し述べているように、わたしは現在を大きな時代の転換期であると捉えるべきだと思っている。ただし、アメリカに始まった金融崩壊がその要因であるというようには考えるべきではないと思っている。金融崩壊は、いくつかある移行期的な混乱のなかの一つの兆候を示しているに過ぎないと考えているからである。現在わたしたちが抱えている問題、つまり環境破壊、格差拡大、人口減少、長期的デフレーション、言葉遣いや価値観の変化などもまた、移行期的な混乱のそれぞれの局面であり、混乱の原因ではなく結果なのである。

 

こんな具合です。

いつもながらのメタフォリカルな言葉が並んでいるが、今回は少しばかり統計数字を援用させていただいた。

単なる思い込みではなく、実際のところどうなんだということを自分でも検証したかったからである。

自分で読んでいても、ちょっと興奮するような展開になっている。

まあ、手前味噌というやつですが、ご期待ください。

でも、出版までは三ヶ月ほどお待ちください。

 

 

Comments Off
1 月 26th, 2010 | Tags:

image03

 

アゲイン店長が渉猟した

歴史的音源『古川ロッパ―傑作集』が発売されている。

どれも、大変興味深いが

特に

『東京オリムピック』

『ガラマサどん』

『宵闇せまれば』

『ロッパ南へ行く』

『歌えば天国』

がいい。

1940年に開催されるハズであった

幻のオリンピックを祝して発売された『東京オリムピック』。

最初、あれこんな歌があったんだと不思議な気持ちで聴いていたが

♪「あれはマラソン孫選手

お顔見たさに駆けてゆく」のフレーズに思わずドキリとする。

ありえたかも知れない歴史を

七〇年後に聴くという体験そのものが驚くべきことである。

 

『ガラマサどん』は、ほとんど落語『寝床』である。

映画の主題歌だそうだが、

この歌だけでも場面が目に浮かぶ。

歌唱力なんていう言葉が何を意味するのかよくわからないが、

聞き手に歌の背景をありありと思い浮かべさせることができれば

それこそ歌唱力というものだろう。

♪「うちの社長のガラマサどん」とはじまって

♪「あなたふたりで 温泉に

行ける身分になりたいわ

頭が禿げたら行けるじゃろ」

まで聴いてくると、思わずこちらも笑っている。

 

『宵闇迫れば』

時雨音羽作詞、佐々紅花作曲のフランク永井『君恋し』は、

年をとればとるほどその歌声が胸に染みるようになるという

不思議な名曲である。

後に、大瀧詠一師匠の『日本ポップス伝』で、

浅草オペラの二村定一の『君恋し』を聞いて、

その端正な歌い方にまたぐっときて、思わず聴きいってしまった。

フランク永井は二村を聞いた後にもう一度聞くとさらに良い。

だが、ロッパのほうは

作曲鈴木静一、作詞菊田一夫とある。

歌いだしのメロディーは『君恋し』と同じだが

途中から次々と他の歌へと転じていく。

ほとんど、本歌取りの世界であり、

そのひとつひとつのメロディーの由来がわかれば

さらに面白く聞くことができる。

歌の合間に、様々な夜店に集まる人々の風景が

ロッパによって演じられる。

懐かしいメロディーの中で演じられる

幻燈劇のようなロッパのひとり芝居を聞いていると

ここでもやはり、失われた風景が目の前に浮かんできて

こころが震えてしまうのである。

(他のメロディーについては、CD付属の解説に詳しい)

 

石川くん、

酔狂もここまでくれば文句はない。

いい仕事をしているね。

 

 

Comments Off
1 月 24th, 2010 | Tags:

アメリカが、金融自由化の流れを堰き止めようとしている。

すくなくとも、オバマ大統領とその周辺は。

銀行のファンド投資の禁止など、

これまで米国経済戦略のバックボーンであった

レバレッジ金融システムを終わらせようということである。

日本の新聞の論調は、

このオバマの方針に対して、

たとえば「米経済のダイナミズムをそぐことになれば、

開発途上にある世界経済にも影響が及びかねない」(日本経済新聞1月22日)

などと否定的なニュアンスを伝えている。

日経は、ビジネス紙なので、こういった論調になるのはうなずけるが、

一般紙もほぼ同様な見解を並べているようである。

各国の株価も発表をうけて、下落したようである。

 

米国は経済のダイナミズムを毀損する策を行おうとしているのか。

俺の考え方は、まったく反対である。

米経済のダイナミズムとは、

国策であったレバレッジ金融システムの破綻を受けて、

一方で対蹠的な金融機関救済策を行いながらも、

もう一方で、これほど大胆な方針転換を打ち出せる

というところにある。

 

確かに、もしオバマの方針がひとつひとつ実現されていけば

世界経済はシュリンクする方向へと向かう。

ただ、それをシュリンクだというのは、

レバレッジによってどこまでも架空の信用を膨らませることで、

利益を得てきたものたちとその同類たちである。

この度の政策は、

銀行を本来業務のマーチャントバンクに戻し、

風船のようにどこまでも肥大化した投資銀行には制限をつけるということで、

金融の経済と、実物の経済の乖離を埋めてゆくということであり、

シュリンクではなく、適正化へのプロセスであると見るべきだ。

 

勿論、金融経済と、実物経済はリンクしている部分とリンクしていない部分がある。

そして、それらは截然と区別できるわけではない。

この度のオバマの方針は、実物経済と直接的にはリンクしないマネーゲームを

制限するというものであるが、それでも

その影響は、実物経済とリンクしている事業投資や、ベンチャー投資にも

現れてくる。

しかし、

 

巨大化して潰せなくなったのは、

インベストメントバンクだけではなく、

レバレッジ金融システムによって膨張した欲望である。

肥大化した金融システムを制限しても、膨張を続ける欲望を

制限する手立てはない。

以前、マズローの欲求五段階説をねたにして、

人間の欲望の構造について考えたことがあった。

マズローの説が科学的な妥当性を持っているのかどうかについては

問題ではない。ただ、その分類法(肉体的欲求から精神的欲求への階梯)を

考えてみたのである。

食欲や、睡眠欲というような人間の生存に関わる欲求というものは、

それが一端満たされると、そこで一端は収まる。

俺が飼っていたマルは、食欲が収まるということはなかったけれど、

人間の場合には、食べ続けることは途中から苦痛に変るだろう。

性欲は精神的なものと肉体的なものとがハイブリッドになっている。

心的な領域における欲求、つまり名誉欲であるとか、尊敬への欲求、それらとリンクする金銭欲や物欲は

それが心的な欲求であるがゆえに、収まることがない。

つまり、肉体的な欲求は繰り返されるだけだが、

精神的な欲求はそれが満たされると、さらに大きな欲望を生み出すことになる。

つまり、拡大再生産するのである。なぜなら、

自ら執着、自家中毒を食い止める機制は、肉体そのものの内部にしか存在しないからだ。

 

レバレッジ金融が、一端発動してしまうとほとんど無限に拡大してゆくのは、

この心的な領域(幻想の領域)における欲望の拡大再生産と相似的である。

肉体的な欲求、フィジカルな欲望が肉体そのものの機能によって、拡大再生産しないで

持続可能性(生命そのもの)を保証するように、

経済もまた、実物の経済が肉体の役割を果たしている。

人間の生態を観察すれば、フィジカルな欲望と、幻想の欲望が乖離した

人生というものは、最後には悲劇しか生まないことが見てとれるだろう。

それは、経済でも同じことだろうと俺は思う。

 

 
 

 

Comments Off
1 月 21st, 2010 | Tags:

父親の家(実家)へ単身赴任するために、

二階の改造を始めている。

母が亡くなってから

やはり、父親は気力が萎えてきている。

あれほど、頑固一徹で、

あれほど母と激しい夫婦喧嘩をしていた

面影がだいぶ薄くなって、

柔和な顔立ちになっている。

 

母が亡くなるまで

俺は家族というものについて

これほど多く(深くではない)考えたことはなかった。

否が応でも、

赤の他人だった人間が何十年も同居して、

子どもを産んで、

ひとつの家族を形成する。

子どもの方は、それが自然であると感じ

(そりゃそうだ。

赤の他人がくっつかなければ自分はこの世に

存在していないわけである)

それが、未来永劫なんとなく

続いていくのではないかと感じている。

 

ところが、そのなんとなく堅牢だと思っていた

紐帯が、メンバーの中心人物の死によって

急によわよわしい

こわれものに変じてしまう。

そして、そうであるがゆえに、

またそれがいとおしいものに思えてくるのだ。

 

長子相続の制度としての家父長制は

日本的なものの中心に流れる太い川のように

確固たる景観を作ってきたが

ひとつひとつの家族とは、

まさにメンバーの欠損によってしか確かめようのない

まことにあえかな輪郭の点景でしかない。

ひとりが不在になったとき、

残されたものが、もう復元しようのない

地図をなんとか工夫し、手を入れ、熱を注ぎ

生き返らせているような気持ちになる。

 

小池昌代さんの「あのひとが蜜柑をひとつポケットにいれてくれる」というフレーズが印象的な詩を思い出す。

 

わたしの遅さ

蜜柑一個

それぐらいの何かを欠いて生きている

 

昨日は、俺はとりあえずのカレーライスをこしらえて

冷蔵庫で冷凍されていた残り飯をレンジで解凍する。

食卓に、皿をならべ、たくあんを切り、煮豆を添える。

いつものように、父親との短い時間を過ごしたのだが、

どうも父親の具合が芳しくなく、

げんなりとして、食べ物に箸をつけようとしない。

気が付くと、八時過ぎにはもう、横になってしまった。

今日は、父親の様子を見に朝はやく実家に立ち寄り、

そのあとで、会社に向かった。

会社で、はたらいて、月給を稼ぎ出さなくては

おまんまの食い上げになる。

そういった日常的な時間と、

父親の周囲に流れている過去へ遡行するような時間と、

風呂に浸かって瞑目しているときの溶けるような時間が、

日々の中で同時に存在していて、

もぐらたたきのもぐらのように、顔を出しては

また引っ込んでしまうのである。

 

こういった気持ちをはじめて俺は経験している。

はじめてのお使いと同じである。

はじめての服喪は、結構意味深いものだと思う。

なるほど、時間とはこういうものなのかと

これまで知らなかった時間の秘密の先端に触れたような気分になるのである。

Comments Off
1 月 18th, 2010 | Tags:

極寒の土曜日は、稽古はじめ。

空手人口も減少している。

こう寒いと、温暖化説よりも寒冷化説の方が説得力がありそうな

気がしてくる。

まあ、どちらにしても科学的には数百年、数千年のスパンの現象を問題にしているわけである。

しかし、現実に行われているのは高々数年の国益を背景とした

排出権取引といったビジネスであり、エネルギーをめぐる政治的駆け引きである。

この種の問題を論じるときには、

この時間的なギャップを勘定に入れないと

科学の問題を論じているのか、政治的な問題を論じているのかが

わからなくなる。

 

 

日曜日は、昼ごろから実家につめる。

このところ、がっちりした飯ばかり食べていたので、

何か軽いものをということで、

柄にもなくホットケーキをつくる。

バターの香りはよいが、食べてみたらあまりおいしくないのが

ホットケーキというものである。

だいいち、甘すぎる。

で、夜は何を作ろうかと思案しながら近所のスーパーで、

とりあえず、長ネギ、アスパラガス、サラダ油などを買う。

結局、冷蔵庫の中に残っていた豚肉を始末することにする。

ネギ、アスパラガスを適度に刻み、そこにたくあんを

みじん切りにして、ショウガとあえて、

フライパンの中で、豚肉と一緒にいためてみた。

まあ、変種の自己流生姜焼きだが、これが意外と美味であった。

たくあんのみじん切りを入れるのは

紅虎餃子坊の、鉄板餃子からのヒントであるが、

これを入れると食感が変わって、おつなものになるのである。

 

 

まあ、とりとめのない休日ではある。

スーパーまで歩いているときに、

そういえば、母親は毎日この道を歩いて食材を買いに

出かけていたなと思う。

ほんとうは、毎日出かける必要もないのだが、

それでもそれが日課であるように、

歩行が困難になっても、毎日決まった時間に買い物に出かけ、

それで余分なものまで買い込んで、

引き出しにしまい忘れたりしていたわけである。

実際のところは、ただそれが習慣になっていたということなの

かもしれないが、毎日同じことを繰り返していた。

俺が物心がついてから、何十年もの間、

毎日同じ道を往復していた。

五十年前は、魚屋、八百屋、乾物屋が、商店街を賑わしていた。

時が流れ、風雪があり、気がつくと町の風景はずいぶん

変わった。

駅前の果物屋はなくなり、おおきなスーパーが二店駅を

はさんで競い合っている。

町の風景は変わったが、母親は同じ時間に、同じ道を

毎日繰り返して、歩いていた。

その同じことの繰り返しには、どんな意味があったのか。

同じ道をなぞりながら、

この道をもう母親は歩いていないと思うと

やはり、なんともいえない気持ちになるのである。

 

 

 

 

 

Comments Off
1 月 14th, 2010 | Tags:

宣伝で恐縮ですが、

ウチダくんとの掛け合いが二つ販売中です。

ひとつは、文春文庫『東京ファイティング・キッズ リターン』。

四年前にミーツで連載していたメール書簡が、

バジリコ出版から単行本になり、

このほど文庫化されたものです。

このときに、現在進行中の論件は、

すべて出揃っていたということがよくわかる。

愛情あふれる解説を鷲田清一先生が

書いてくれていて、

かたじけなさに涙こぼるる思いである。

東京ファイティングキッズ・リターン―悪い兄たちが帰ってきた (文春文庫) 

 

もう一つはラジオデイズで始まった

ウチダくんとの対談『たぶん月刊はなし半分』

という、どこかで聞いたような

お気楽企画であるが、

その分だけ冒険的な逸脱があって

自分で聞いていてもわくわくする。

とくに、七〇年代全共闘運動に対する、

ウチダくんの独自の分析は、

目から鱗の仰天ものである。

アゲイン石川店主も特別出演。

 

 

Comments Off
1 月 11th, 2010 | Tags:

午前中、池上本門寺の並びにある

實相寺のお茶室にて、お手前を拝見しながら

ラジオ(FM BIRD)の収録。

FM大阪など全国31局ネットだが、

放送は31日の早朝5時。

ということは、まだ夜が明けきらぬ時間帯で、

この時間に起きている人は、誰なんだと思ってしまう。

でも、思わぬ人が聞いていたりするものなのだ。

番組タイトルは『武将茶館』というもので、

様々な分野の人をお茶室に招いて話を聞くという

なんだかラジオデイズと似たような仕立ての番組である。

 

静謐なお茶室で、表千家茶道家才茂宗美さんのお手前で、お抹茶をズズーっと

いただきながら、(無作法ものでして)

放送作家の入江たのしさんと、進行役のレイチェル・チャンさんという

アメリカ半分育ちの日本人才女との掛け合いという趣向。

久しぶりの池上、

松風そよぐ風情の前庭をながめながらの

収録は、なかなかおつなものでありました。

「将来の夢は?」

「うーん、いや、ぼくは夢ってないんですよ。」

「座右の銘は?」

「うーん、いや、そういうのって、気持ち悪いでしょ?」

「事業をしていて、辛かったことや苦しいことは?」

「あー、いや、だいたいが面白いことばかりで・・・」

と、なかなか先方の意向に乗らない喰えない奴であることをまず

認識してもらってから、いきなり本題へと突入。

話は、やはり昨今の経済事情、人口問題に

終始したが、

俺が最初に会社を設立した経緯や、

ウチダくんとの関係、村上春樹の文学的感性についてと

転々とし都合二時間ぐらいの長丁場の収録となった。

これを三十分に編集するのは、大変だろうね。

機会があれば、お聞きください。

 

収録が終わり、なつかしい本門寺付近を探索。

まずは、参道から少しはいったところにある相模屋に立ち寄り、

くずもちを購入。

子どもの頃より、黄な粉と黒蜜でたべるくずもちは、俺の好物である。

今日は、実家に戻って親父と食べよう。

ついでに、スーパーおおぜきに立ち寄り、

晩飯の素材を買う。

野菜類、イチゴ、生きのよさそうな小あじ、明太子、牛乳、胡麻など。

実家に戻ると父親は、昼飯を済ませた後だったが、

小あじのから揚げが食べたくなって、早速調理。

とはいっても油で揚げて塩を振るだけのシンプルなものだが、

これが、大変に美味であった。

こうやって、今日もまた二世代老父子の日常が暮れていくのである。

 

 

 

Comments Off
1 月 10th, 2010 | Tags:

父親が一人で暮らす実家に

母親の遺品などを片付けながら、

毎日朝、夕訪ねて飯をつくる日々が続いている。

父親の世代は、白いご飯と味噌汁、たくあんの漬物があれば

満足なので、

そこにちょっとした惣菜を添えればご馳走ということになる。

だいたいは、水炊き、おでん、しゃぶしゃぶなどの

鍋物が簡単なので、何だか毎日鍋を差し向かいで食べている。

昨日は、親父の好物であるカレーうどんをつくった。

本日は、昼はスパゲッティミートソース。

やはり、スパゲッティではいい顔をしない。

夜は、玉子焼きと、いただいたローストビーフでちょっとした

料理を作る予定である。

最初はキャンプめしだったが、だんだん要領がよくなる。

飯の支度は、存外楽しいものである。

「どうだい?」

「うん、かあさんのよりうまい」

「おっかさんはどんなものをつくってくれたの」

「最後の方は、毎日刺身だったな」

「そうか、料理をする体力がもうなかったのかもな」

「お前の飯だと、食べ過ぎて体重が増えた」

「そりゃ、よかった。でも、こたつで居眠りばかりじゃ

だめだ。

一回り散歩でもしてきたらいい。」

同じような会話を毎日している。

しかし、父親と会話をするということを

俺は、母親が病の床に伏せるまでしてこなかった。

ほとんど、いがみ合うような関係を長い間続けてきた。

母親の死は、そういった父子のあいだの障壁を自然に

取り払うきっかけになった。

 

しばらく、親父と一緒に住もうと思う。

それで、実家の二階を人間が住める状態に改造している。

母親の着物やガラクタを、ゴミ袋何十個分か捨てる。

片づけをしていると、昔の写真や、俺が小学校の時代に描いた絵や、

両親が旅行先で撮影した写真などが出てきて、

思わず片付けの手が止まる。

父親と母親の人生について、俺はほとんど何もしらないということを

このときあらためて知ることになる。

ポリ袋に、母親の八十余年ぶんの生活のかけらを始末しながら、

自分の思い出も捨て去っているような気持ちになる。

なんだかせつないけれど、重たいものではない。

Comments Off
1 月 6th, 2010 | Tags:

NTT出版から出した

『株式会社という病』の重版(三刷)が決まった。

愛着のある本なので、大変うれしいことである。

最初のが洋泉社から出した

『反戦略的ビジネスのすすめ』(新書版は『ビジネスに戦略なんかいらない』)で、

いま書いているのが

『移行期的混乱』(バジリコ出版)である。

これで、ビジネス原理論三部作が完成する。

でも、あと100枚書かないといけない。

仕事をしながら、深夜ぽつぽつと書いている。

あるいは、喫茶店に飛び込んで、読み直しながら書き加える。

この作業をしているときは、

ほとんど時間を忘れる。

やはり、けっこう書くのが好きなのかもしれない。

 

三部作とは別に、昨年緊急出版ということで、

『経済成長という病』(講談社現代新書)を書いたが、

こちらも一人歩きしてくれている。

本っていうのは、不思議なもので

こちらが寝ていようが、遊んでいようが、涙にくれていようが

呵呵大笑していようが、一人でどこかへ歩みだして

一人でこつこつ印税を運んできてくれる。

まあ、俺の本は読んでくれる人は読んでくれているといった

地味な性格の本なので、バカ売れするようなものではないのだが、

路地裏小商い型の商品としては、時流に適応しているのかもしれない。

迎合するつもりはまったくないけどさ。

うちだくんが、中央公論にこの本のことを

何か書いてくれているみたいなので、そちらも楽しみである。

 

母の葬儀が終わり、爾後の手続きに忙しい日々が

続いているが、気持ちは随分落ち着いてきた。

時間の流れが、質量あるもののごとく

自分を日常生活へと押しだしてくれるのである。

父親がスリッパで外に出てしまうので、

ドンキヘ行ってサンダルを購入する。

サンダル、サンダルと考えていたら、

なんだか不思議な気持ちになって

その語源が気になってきた。

どうやらギリシャ語のsandalionで、「板」の意味らしい。

起源はもっと遡る。

紀元前2000年ごろ、エジプトの熱砂の上を歩くときの

保護用具ということであった。

紀元前にうまれたものが、

四千年も受け継がれて、大田区南久が原の実家の玄関に並んで

老いた父親の足裏を守ってくれている。

踏まれ続けて四千年。

サンダルは、えらい。

(NHK作文コンクールみたいになってしまった)

Comments Off
TOP