1月 23rd, 2012 | Tags:

池袋のリブロ本店一階に、『平川克美の移行期的読書』なるコーナーをつくっていただきました。『小商いのすすめ』の発刊記念で、ミシマ社とリブロさんで企画してくれたものです。

平川は何を選んだんだという、リクエストがありましたので、ここに選んだ本のリストを掲載いたします。俺の四十冊ということではなく、あくまでも『移行期的読書』に沿った四十冊ということです。当初は三十冊をという要請でしたが、ちょっと増えてだいたい四十冊になっちゃったということです。では。

■ 労働や生き方に関する本

1.羽田浦地図 (現代書刊)小関 智弘

昭和の時代の地場に生きる人々が何を想い、何を糧として生きてきたのか。今はもうない町の光景が鮮烈な筆致で描かれている。小関智弘は、もっともっと読まれていいと思う。

2.大森界隈職人往来 (岩波現代文庫―社会) 小関 智弘

小関さんが自らの生き方を通して発見した職人という生き方に、現代人は学ぶべきだろう。「働くことと生きることが同義であるような生き方」は、小関さんの名言。

3.粋な旋盤工 (岩波現代文庫) 小関 智弘

戦後の日本を支えた中小零細企業労働者たちの息遣いが聞こえてくる名著。

4.忘れられた日本人(岩波文庫) 宮本常一

震災の後に読むと、また違った発見があるはず。本書抜きに日本人論は語れない。

5.詐欺師入門―騙しの天才たち その華麗なる手口 デヴィッド・W. モラー

有能な詐欺師とは、ほとんど有能なビジネスマンに似ている。ちがうのは、詐欺師は商品を作らないということだけである。

6.ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫) 岩井 克人

本書の作者のような知性によってはじめて、ビジネスや経済に知が通い始める。稀有の一冊。だいいちスリリングで面白い。

7.会社はどこへ行く(NTT出版) 奥村 宏

  奥村宏ほど真面目に無骨に株式会社の研究を続けたものはいない。わたしにとって株式会社論の師匠は、この人だと思った。

7.貨幣論(ちくま学芸文庫) 岩井克人

本書によって、はじめて経済というものを原理的に考察する可能性に目を開かされたのです。

9.資本論 (マルクス・コレクション) カール マルクス

  マルクスは、いつでもどんなときでも参照すべき知性である。文学にドストエフスキーがいるように、音楽にバッハがいるように、思想の世界にマルクスは存在している。

10.諸国民の富 (岩波文庫) アダム・スミス

  どうして、この重商主義批判の書が、新自由主義者のお手本になったのか。わたしには、世紀の誤読としか思えない。市場とはいかなるものかについての原理的な考察は今も新鮮。

■ 経済や歴史に関する本

1.日本は悪くない━悪いのはアメリカだ (文春文庫) 下村治

  日本にもこのような経済学者がいたということを知るだけでも価値がある一冊。今こそ下村治は読まれるべきであり、今下村がいないことを悲しむべきだろう。

2.帝国以後 (藤原書店)エマニュエル・トッド

  政治や経済をこのひとのように語った人はかつてなかった。柔軟で、強靭な知性の輝きが感じられる本。平川はトッドの着想に多大の影響を受けました。

3.文明の接近 (藤原書店)エマニュエル・トッド

  ハンチントンの『文明の衝突』は、本書一冊の前に撃沈することになります。

4.世界の多様性 (藤原書店)エマニュエル・トッド

  家族に関する調査と研究。世界を読み解くひとつの重要な鍵を読むことができる驚愕の一冊。

5.重層的な非決定へ(大和書房) 吉本隆明

  吉本の膨大な著作の中でも『共同幻想論』と『言語にとって美とは何か』と詩集『転位のための十篇』は外せないが、ここではあえて傍流にある本書を挙げておきたい。思想の柔軟性に富んだ、読んで面白い吉本がここにいる。

6.日本の歴史を読み直す(ちくま学芸文庫)網野善彦

  もし、高校生のときに網野史学を知っていれば、わたしは歴史の勉強にもっと真面目に取り組んだだろうと思う。歴史はこんなに面白く奥深い。

7.日本辺境論 (新潮新書)内田樹

  盟友内田樹の最高傑作にして、日本論の白眉。新作落語を評するときに「円丈以前、円丈以後」と言う言葉があるが、「日本辺境論以前、日本辺境論以後」という言葉を贈りたいと思う。

8.無縁・公界・楽(平凡社ライブラリー)網野善彦

とっつきにくい本だが、今日の日本の源流に何が流れていたのかを知る真に知的な思考と実証が詰まっている。

9.日本中世に何が起きたか━都市と宗教と「資本主義」(洋泉社MC新書) 網野善彦

拙著『移行期的混乱』は、本書がなければ書くことができなかったと思う。歴史をこのようなロングスパンで捉え直すことが、今こそ必要だと思う。

10.危機の宰相 (文春文庫) 沢木 耕太郎

  所得倍増計画の下絵を描いた経済学者下村治とその関係者を追ったドキュメント。

  沢木の手になると、経済学者がまるでアスリートのように生き生きと躍動する。

■ 文学、哲学に関する本

1.日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で (筑摩書房)水村 美苗

日本文化論の白眉。日本の文学を愛するものはもちろんだが、国際化の何であるかを知らずグローバリズムを賞揚するものも一度は、本書に目を通すべきだ。

2.星条旗の聞こえない部屋 (講談社文芸文庫) リービ英雄

痛々しく新鮮な心理の襞に分け入ることのできる、私小説的な世界が展開されている。

これをアメリカ人が書いたことに驚くと同時に、異邦人でしか書けなかったことにも感慨を持つことになる。

3.千々にくだけて (講談社)リービ・英雄 (単行本 - 2005/4/29)

日本語の美しさ、玄妙さをアメリカ人から教えてもらう。こんな微細を見分け、それを言葉にする能力が日本人から失われて久しい。

4.巡礼 (新潮社)橋本 治

  本書と、以下の二作を含めた橋本昭和三部作。この十年日本で書かれた小説のうちで最も重要なものだろうと思う。拙著『移行期的混乱』は、この三冊の前にすれば、出がらしのお茶のようなものに過ぎない。

5.橋 (新潮社)橋本 治

6.リア家の人々 (新潮社)橋本 治

7.眼と精神 (みすず書房)M.メルロ=ポンティ、滝浦 静雄、 木田 元

  現象学的な身体論として世界思想に達しているものだが、翻訳でさえそのやはらかくしなやかな文体を味わうことができる。

8.悲しき熱帯 (中公クラシックス) レヴィ=ストロース

  現代最も重要な思想家の代表作。西欧中心主義、ロゴス中心主義を相対化した歴史的なフィールドワーク。知とは何かを考えながら読みすすめる本。

9.摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫) 永井 荷風

世の中が危機に陥り、騒然としたとき、荷風だったらどう考えるだろうといつも思う。荷風の生き方、立ち位置こそが迷走しそうなわたしの羅針盤なのだ。

10.石原吉郎詩文集 (講談社文芸文庫) 石原 吉郎

  言葉というものに真摯に向き合うとはどういうことなのかを、教えてくれる。倫理とはなにかをその最高の鞍部で捉えている詩と論考。

11.森に降る雨 (文春文庫)関川夏央

  本を読む喜びを感じたければ、関川夏央を読めばよい。

  「人は何故、関川夏央を読みたくなるのか」は高橋源一郎氏の言葉だが、もしあなたが、未読なら何でもいいから一冊お読みなさいといいたい。

12.純粋な自然の贈与(講談社学術文庫)中沢新一

  本書の中に所収されている「すばらしき日本捕鯨」は、日本語で書かれた最もスリリングで美しいエッセーだろう。

14.東京残影 (河出文庫)川本三郎

  「世に二種類の人間がいる」というような言いかたが許されるなら、こう言いたい。

  川本三郎が好きな人間か、川本三郎を知らない人間の二種類しかいない。

  つまり、川本さんの文章に接した人間は、誰でも好きにならずにはいられないということだ。わたしに、このように思わせてくれる作家は、川本さん以外では関川夏央だけかもしれない。

15.モードの迷宮(ちくま学芸文庫)鷲田清一

  はじめて本書を手にしたときの新鮮な驚きを今でも覚えている。ファッションが哲学の対象になることも新鮮だったが、この哲学者の言語感覚がほとんど詩人ではないのかというほどしなやかな文体に驚愕したのだ。

■       番外

1.  村上春樹の全作品

村上春樹と同時代に生きていることの幸福をいつも実感しています。

本を読むということの愉楽を全身で感じながら、いつも読み終わるのが惜しいと思わせてくれる最高の書き手。

2. 太宰治の全作品

太宰治と同時代に生きていなかったことに安堵すると同時に、こうしていまかれの言葉を読めることの幸せに感謝しています。

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11月 22nd, 2011 | Tags:

以下は、ラジオデイズのメールマガジンに書いたものですが、本ブログの読者のために転載いたします。少し長いですが、お読みいただければ幸いです。

 みなさん、こんにちは。だいぶ間が空いてしまいましたが、
ラジオデイズ通信の第5号をお届けいたします。
いやぁ、不景気ですね。ラジオデイズもその親会社にあたるリナックスカフェも
仕事が激減して四苦八苦しております。そこにもってきて、ラジオデイズのスポンサーでもある
オリンパスの迷走です。(この件に関しては後でわたしの見方を述べます)この先、
ラジオデイズはどうなるのでしょう(なんて他人事のように言っていますが、
今必死になって新しいスポンサーを発掘しているところです)。そんななかで、
先月より新しいスポンサーとして、「栃木アイスバックス」という、
アイスホッケーチームが名乗りを上げてくれました。
このチームは、日光の地元の小企業や意思ある経営者たちが支えている、
まさに地域共同体が運営している稀有なチームです。
もちろん、地元住民の熱烈な応援がチームに熱を吹き込んでいることは言うまでもありません。
サッカー解説でおなじみのセルジオ越後さんが、存続が危ぶまれていたチームを支援するために地元に乗り込み、
ボランティアでチーム代表を買って出たことでも知られています。
セルジオ越後さんとは、わたしの友人を通じて知り合い、意気投合して
ラジオ番組の方にも出てもらいました。
日本は企業スポーツが盛んですが、企業というものは経営状態によってあっさりとチームを切り捨てるもので、
本来は地域住民たちで支えていかなくてはならないという信念をお持ちのようです。
そして、ジャンルに関わりなく、スポーツの素晴らしさ、スポーツを通じて損得勘定抜きの
人間関係がつくられることの意義などを熱く語ってくれました。
その象徴的な存在が、栃木アイスバックスなのです。
ラジオデイズとしても、この地域共同体が支えるチームを全力で応援して行きたいと考えています。
 アイスバックス以外にも、いくつかの会社がスポンサードの検討をしてくれています。
ありがたいことです。
そして、このラジオデイズを支えていただけるのは、こういったスポンサーだけではなく、
音源をダウンロードしていただける皆様おひとりおひとりのご支援によるものです。
これからも、ご期待に沿えるような魅力的な音源を制作、配信していく所存ですので
是非ともご支援のほどお願いいたします。

 さて、冒頭述べました、番組スポンサーであるオリンパスについて
触れないわけにはいきません。
もちろん、これまでも、これからもご支援いただいているスポンサーの不祥事に関して
述べることは気鬱なことです。
わたしのツイッターには、ヒラカワは、スポンサーには手心を加えて卑怯である
といった書き込みもなされました。
(もちろん、お世話になっている会社ですから応援していますが、
不正に対して手心を加えるなどをするつもり
はまったくありません)
ただ、今回の「事件」が経営者が意図的に利得を得るために「不正」を行なったという考え方をするとすれば、
それは事の本質を見失うことになるだろうと思っているのです。
株式会社というものに対してのわたしのスタンスは、『株式会社という病』
(2007年NTT出版より発刊され、2011年に文春文庫になりました)を書いたときから、まったく変っておりません。
どんなスタンスかといえば、出版当時より頻発している企業不祥事は、倫理観の欠如した、
質の悪い経営者によって引き起こされたというように総括すべきではないということです。
やたらにコンプライアンスとう言葉が乱発されているのも気になります。
コンプライアンスといい、コーポレートガバナンスといい、この数十年の間に流布された言葉遣いには、
金融資本主義者の意図的なものを感じてしまうからです。
(これについては、別の機会に一冊の本にしたいと思っていますが)
 
九十年代に、グローバル会計基準なるものが導入され、ソニーをはじめとして多くの日本の大企業が
時価総額経営を標榜しはじめました。この流れを推し進めた考え方は、会社とは株主のものであり(株主主権論)、
会社の利益は株主の利益でなければならないというものでした。
その結果、多くの会社の経営者は株価を引き上げることが会社のミッションであるかのようにふるまいはじめたのです。
営業利益を積み上げてきたオリンパスが、まったく必要のない「財テク」に走ったのも、
このような背景があったからだろうと思います。
問題は、オリンパスという会社が、社会に価値をもたらす製品をつくり、それを顧客に届けて、
その返礼の結果としての利潤を積み重ねるという会社の基本(営業利益)をないがしろにし、
株価を引き上げるということを一義的なミッションであるかのようにふるまったところにあるだろうと思います。
「財テク」は、バブル期にだれでもが陥りやすいピットフォールのようなものです。
製品を作って、市場を迂回して利潤を得ることと、投資技術によって利潤を得る(特別利益)ことは、
現場で製品を作っている会社のフルメンバーにとってはまったく異なる意味を持つものでしょうが、
株価上昇による利潤を得たいと考えている株主にとっては、同じことであるわけです。

損失を隠蔽しようとした経営者は、有価証券報告書に虚偽の記載をしたということで
訴追されることになるでしょうが、そのことをただちに経営者個人の倫理観や公正性が
直接的に結びつけてしまうことには、わたしは大いに違和感を覚えます。
もし、経営者たちが私腹を肥やすためにこれらの行為を行なったのであれば話は別ですが、
多くの企業不祥事の場合、経営者はむしろ会社という共同体の倫理に従ったがゆえに、
社会の倫理を踏み外す結果になったと考えるべきだろうと思うのです。
会社の倫理と社会の倫理はしばしば倒立して顕れます。

その極端な例は、たとえばオウム真理教でした。教祖を別にすれば頭脳明晰で、
正義感にあふれた秀才たちが、とんでもない犯罪を犯したのは、かれらが凶悪な資質を生まれ持っていたからでも、
犯罪性向があったからでもなく、共同体の呪縛から逃れることができなかったためであるだろうと思っています。
この場合、犯罪を犯したものはもちろん社会の法の精神で裁かれてしかるべきですが、
このような悲劇をなくすためには、オウムという共同体そのものを解体する他はないだろうと思います。

では、オリンパスの場合はどうすればよいのでしょうか。まさか、株式会社というシステムを
解体せよとは言いません。わたしは、利潤を出すことが一義的な目的である株式会社とうものは、
拝金主義的な存在であり、(そのことを悪いことだと言いたいわけではありません。
勿論いいことであるとも言いませんが)そうである限り、株式会社というものは、
いつでもこのような犯罪を犯す可能性があるのだと思うべきであると思っています。
その可能性を回避するためには、会社の経営者が、自分たちの属する共同体の論理に
盲目的に従うことを戒め、自らの行いを対象化することが必要なのは勿論ですが、
会社の所有者である株主もまた自らの利得のための主張が正義であるかのようにふるまうことに
自制的であるべきだろうと思います。

オリンパスの問題には、まだまだ他の読み筋がありますが、想像や予断に基づいて、
これ以上この問題に踏み込むのはやめます。わたしは、オリンパスの製造現場に積み上げられてきた
技術の結晶が、このような経済事犯によって毀損されたり、ファンドや競合相手によって翻弄され、
毀損されることを恐れています。それこそが、日本の会社社会におけるリスクであり、
そのようなリスクを犯したという点に置いては、つまらない財テクに走ったり、
損失を隠蔽したりといった工作をした経営者は、責めを負うべきだろうと考えています。

わたしの考え方は少数派かもしれません。もし、わたしのような考え方にご興味を
お持ちいただけるなら上記の『株式会社という病』をお読みいただければ幸いです。
文春文庫版では、内閣府震災復興ボランティア室長の湯浅誠さんが、
これ以上望めないほど正確な読みをしてくれて、解説を書いてくれています。

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8月 17th, 2011 | Tags:

東京新聞(中日新聞)に寄稿した文章に対して、たくさんの反響をいただきました。新聞をお読みいただけなかった方より、リクエストいただきましたので、この場を借りて全文掲載いたします。新聞コラムという字数制限のある短いものですが、お読み下さい。

『お金で買った安全神話』

 3.11の原発事故以降、多くの専門家がメディアに登場した。事故はいつ、どのように収束するのか。原子炉のどこが破損していて、どのような対策が可能なのか。漏れ出ている放射能はどの範囲まで届き、どのような防衛策があるのか。人間は、何ミリシーベルトまでの被曝を受容できるのか。見解は様々であり、そのいくつかは事実によって覆された。科学的な思考が要請されたが、信憑やイデオロギーがそこに混入しているようにも思えた。そもそも専門家のあいだで、これほど見解が分かれるというのはどういうことなのか。

■専門家の語り口

理由はふたつしかない。多くの専門家と称する人々にとっても、原発や放射能について本当には分かっていないか、あるいは多くの専門家が自分の分かっていることよりも優先するものがあるために、嘘をついているかのどちらかだ。

素人である私にはそれ以外の理由が見つからない。専門家をひとくくりにした以下の議論は、礼を失しており申し訳なく思うが、問題の所在を明らかにすることが私の意図であることをご承知願いたいと思う。

順番に考察してみよう。原発や放射能について本当には分かっていないとは、どういうことか。専門家である以上、先行研究者の知見については知悉しており、様々なデータを分析しているはずである。だから、自分が研究している分野のことは、分かっているはずである。(そうでなければ専門家とはいえない)。しかし、専門家が自分の分かっていることがどこまで適応可能であり、どこから先は類推でしかないということについて分かっているのかというと、疑わしいと言わざるを得ない。

カール・ポパーは、「科学の定義とは実験によって反証される可能性を持っていることだ」と述べたが、私には、これらの専門家が科学的であるよりは政治的かあるいは宗教的な語り口を採用しているように思えた。よく分からないという専門家はいなかった。

では、嘘をついているという可能性はあったのか。いかに政治色の強い課題であったとしても、かりそめにも科学を志す専門家が自らすすんでデマを撒き散らすとは思えない。だとすれば、彼らはデマにならない範囲で、自らの言説に手心を加えたり、いくつかある可能性の一つを拡大したり、語るべきことを語らなかったりといったことをしたのだろうか。もしそうだとすれば、そうしなければならない理由は、彼らが無意識的ではあっても科学的真実に優先させるなにものかに配慮したということである。

■「国策」の正当化

  専門家によって見解が異なると書いたが、原発というものが大変危険なものであるということだけは、ほぼ全員が一致した見解であるだろう。では、かくも危険で厄介なものを何故開発し、運転し続けなければならなかったのか。

その理由についてもまた、様々な見解や憶測がある。いわく、石油埋蔵量の枯渇。地球温暖化対策。経済成長の切り札。政治上あるいは軍事上のオプション。いずれにせよ、ただ一つの、誰にでも分かる明確な理由は見出せない。重要なことは、原発を推進するという「国策」だけが、明確な説明と住民合意なしに先行し、その「国策」を正当化し、実行するために、大量のお金が使われたという事実である。それらの大金は原発の安全確保のためにではなく、安全神話をつくるために使われた。それが問題を、科学技術上の問題からまったく別の問題へとミスリードしていった。

原発が立地された場所を歩くと、原発記念の箱物が並び、あるいは補助金がおり、雇用を生み出している。広告代理店は本来不要なコマーシャルを作り、多くのタレントや文化人が名を連ねる。それぞれに大量のお金が動いている。大量のお金が動けば争奪が始まり、本来のエネルギー問題とは別の問題が生まれてくる。利権である。原発は遺伝子を狂わせる放射能だけではなく、人間の判断を狂わせる利権をもまた排出したのである。利権は一度生まれてしまえば、その保守に加担するステークホルダーが増殖する。本来ステークホルダーではあってはならない専門家が、いつの間にかステークホルダーになっている。専門家の意見がかくも分断されているという理由のひとつがここに起因しているとはいえないか。

二十世紀はテクノロジーとマネーの勝利の世紀だった。どちらも万能性を指向するが、万能のパワーの使い方を必ず誤るのが人間というものである。

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8月 15th, 2011 | Tags:

 みなさん、こんにちは。ラジオデイズ通信の第2回をお届けいたします。
これを書いているのは八月九日。1945年のこの日は、長崎に原子爆弾が投下された日です。 長崎市の人口24万人(当時推定)のうち実に10数万人が死没した日であり、わたしたち日本人が忘れてはならない日です。
2011年3月11日を経験した日本にとって、1945年のこの日のナガサキと6日のヒロシマの風景は、過ぎ去った昔日の悲劇ではなく、現在に直接的に接続された日本人の原風景として浮かび上がってきました。

 徹底的な空間破壊と、放射能による時間の破壊について、わたしたちはこれから先何度も自問していかなくてはならない。今、この瞬間においても、福島の原子力発電所からは大量の放射性物質が漏れ出ており、それらが発散し続ける放射能はこれから先、わたしたちの子孫の代まで影響を与え続けることは明白な事実だからです。

 原爆と原発の意味について考えること。それは、これから先の日本人がどのような文明を作っていくのかを考えることであり、ひとりひとりが社会に対してどのような立ち位置に立つべきかを考えることでもあるでしょう。

 今回のラジオデイズ通信では、2001年の9月11日に、東京とニューヨークで、歴史を揺り動かしたテロリズムを目撃していた二人の画家の対話「震災以後」をご紹介したいと思います。かれらが、芸術家としてセプテンバー・イレブンをどうとらえたか。そして、今回の大津波と原発事故にどのように向き合っているのか。この都市化し肥大化し、テクロノジーとマネーが支配的な文明の中で、芸術家というものが、何であり、何であるべきか。真摯な対話を是非ともみなさんにもお読みいただきたいと思います。
長い対談ですので、何回かに分けてお届けいたします。

対談者のひとりは、ラジオデイズにもご出演いただいた、山口啓介さん(武蔵野美術大学客員教授)。
1962年生まれ。大型銅版画作品で数々の賞を受賞。その作風から「方舟」や「宇宙船」のモチーフ、また宇宙的、生命的イメージが知られることとなり、デュッセルドルフのアトリエで数々の作品を発表してきた方です。
もうひとりは、白井美穂さん(女子美術大学講師)。東京藝術大学を卒業後精力的に作品を発表し、1993年にアジア交流基金日米芸術家交換プログラムで渡米し、以降2007年までニューヨークで制作を続けており、セプテンバー・イレブンでは、グランドゼロから500メートルの至近で生活していました。

では、この二人でしか語りえない、戦後、セプテンバーイレブン以後、震災以後についてのお話をお聞き下さい。未発表対談です。

『震災以後』 対話:白井美穂x山口啓介
第一回 芸術家のまなざし━ニューヨーク・フクシマ

■9.11-ニューヨークの反戦パレード

山口:僕は1992年から93年にかけて、足かけ1年半近くアメリカで生活したのですが、とくに最初の数カ月はACCのグラントでニューヨークに滞在していました。その頃のニューヨークと今はまた違うと思いますが、それでも依然、あの都市はまず金融の中心地というイメージがあります。
ところで、先に少し白井さんが話されていたことですが、そういう場所だからこそ、金融を中心とした”資本主義”と言わざるを得ないのでしょうが、それを批判する、これも取りあえず”社会主義的な方向”といえるような人たちが、むしろアメリカではニューヨークに集中していると言われたとき、ああ、なるほど、と思ったのですね。
一方、日本では、後者のような人々は別に消費の中心地である東京にしかいないというのではなく、むしろ東京の消費文化に批判的な人びとは東京にもいますが、それ以外の都市や土地にもそれなりにバラバラといるような気がします。それは理論的なものから、もっと生活感覚に至るものまで。なにか、白井さんにそう言われたとき、いわゆる左寄りといわれているような思想が、アメリカの地方には馴染みにくいなと、なんとなく感覚的に納得できるような気もする。

白井:そうですね、アメリカ社会というのは、ニューヨークを始めとする大都市に住む、アメリカの人口の約1%ぐらいのエリートによって牽引されていると言われています。金融の世界を牛耳る人達もそこに含まれますが、思想的な指針を与えることに貢献し、社会を今現在の状況とは違った方向に変革しようとする人々もその中にはいるということです。
たとえば、2001年に同時多発テロがあり、その報復とイラク戦争に国中が傾いたときに私はニューヨークに住んでいて、その際にイラクが大量破壊兵器を持ちアルカイダに関与したという推定を否定し、攻撃に強く反対した大勢の国民を間近に見ました。ニューヨークはアメリカ的な中心でありながら、アメリカ的な大勢に批判的人々もまた集まっているのだなと思いました。

山口:たとえば美術でいえば、クレメント・グリーンバークという人は、いわゆる社会主義者として出発した人ですよね、つまり全然、資本主義の方向を向いていない人だった。また、現在も、フレドリック・ジェイムソンという社会主義者でマルキストであることを明言している著名な思想家がアメリカにはいます。
僕なんかがおもしろいなと思うのは、アメリカみたいな国に、なぜこのような人たちが魅力的な仕事しているのか。日本にはヨーロッパ由来の社会主義運動というのが戦前に既に入ってきていた歴史があり、また戦後の一時期は僕らが知らない上の世代の学生運動もありました。それは僕らが小学生の頃でしょうか。それが萎んでいった後に今の日本社会がある。
ところがアメリカというのは、反共産主義の西側諸国を担っているという立場があり、かなり徹底した政策があったのかも知れない。もちろん戦前の日本にも厳しい弾圧があったのでしょうが、網目をくぐって日本に入ってきたようなものさえ、現在まで、一貫して入れないようにしてきたようにも見えます。ほとんどシャットアウトできて、一部の民衆的な運動自体がないとすれば、その分、ある意味で現実的な挫折もまた経験していないのではないか。
だから今、ジェイムソンを読んでも、なにか明るいのですね。また、グリーンバーグはニューヨークの住人だったと思うのですが、アメリカではそういった人たちはどう思われているのでしょう?

白井:私自身がジェイムソンを読んだのは80年代ですが、ハル・フォスター編集の論文集『反美学』(室井尚,吉岡洋訳 勁草書房1987)の中に収録された「ポストモダニズムと消費社会」です。当時はその本自体がアメリカで大変な反響を持って読まれたようで、それらの美術と社会批評の視点は今でも影響力を持って引き継がれているように思います。民衆的な社会運動にいては、実際には私がニューヨークで暮らしていた14年間のことしか言えないわけですが、9.11以降、イラク開戦に突入していくアメリカ社会の中にいて、アクティビズムというものは非常に自分自身のなかで現実的に、意味を成すようになってきました。
 当時は同時多発テロ直後の混乱と、悲しみと恐怖に国中が包まれていましたが、次々にTVなどのメディアに現れて、それを増長させるかのような政治家の発言には驚きました。次はアルカイダがパキスタンの核兵器を手に入れて攻撃してくる可能性があるとか、スーツケースに収納出来る小型核兵器を貨物船で運び、マンハッタン最南端のピアにつけて爆発させるという情報もあるとか。そのピアが私の家のすぐ裏手だったので、もう恐ろしいの何のって。しかしそうやって恐怖を煽ることで報復戦を正当化し、イラクに爆弾を投下し始めるのです。そのこと自体が、最大の恐怖でした。一体私はなんというところに住んでいるのだろうと。
 そして2003年、イラク戦争反対のプロテスト・マーチが行われ、20万人の人でニューヨークのダウン・タウンが溢れ返りました。こうした運動にはあらゆる種類の人達、思想家からビジネスマン、教育者、学生、労働者、主婦、フェミニスト集団、人権保護団体、アーティスト、イーストヴィッレジのヒッピーまで参加します。共和党の大会がマジソン・スクエア・ガーデンで行われた際も、ブッシュ政権打倒のため、ノンフィクションの映画監督マイケル・ムーワや、黒人の公民権運動を行ったジェシー・ジャクソンが先頭でテープカットし、その後に私達数万人の参加者が続いてパレードをしました。
 多くの場合こういったことへの呼びかけは、インターネットを介して当時一段と早く広がるようになっていました。アーティストの多くは当然のように参加して、私達は主にANSWER (Act Now Stop War End Racism)というオーガニゼーションから情報を得ていました。
アメリカでも自分たちが世界金融の中心にあって、第三世界の人々の経済から搾取している立場であることに自覚的な人々は絶対にいるわけなのですね。そういうことが見えてない人々が大半なのですけど。ニューヨークのアートマーケットというのは一大産業でもあるけど、それが金融業と同じく、グローバリゼーションということの上で歪みをもたらしているということも、極端に言えば、アート界の人びともよくわかっているはずなんです。

山口:たとえば名前をあげるとしたら?

白井:ほとんどの人達がそのことに自覚的であるにせよ、ゲームを止められないということだと思います。批評家でいえば、ニューヨーク・タイムスのロベルタ・スミスと、当時ビレッジ・ボイスの書評をしていたジェリー・サルツ、二人は夫婦なのですけども、彼らの批評には共感する部分も多かった。今は、ジェリー・サルツなどアートコンテストのTV番組の審査員まで始めてしまったと聞いていますが。

山口:ところで、あの9.11のとき、僕は兵庫にいてテレビで、確か2機目の飛行機が突っ込む瞬間をライブで見てしまったのですが、白井さんはそのときどちらにいました?

白井:私は、ワールドトレードセンターから500mぐらいの自宅にいました。

山口:それは、大変な体験だ。
■3月11日以降-しかし、危険のあるところ、救うものもまた育つ。

山口:多くの起こっていることは両義的です。たとえば、あの2本のビルに突っ込んだ飛行機以外にもペンシルヴァニア州に落ちた旅客機がありました。ところが、その墜落して残骸となった飛行機の映像を見た記憶が僕にはないのです。どうも実際に、落ちた旅客機には報道のカメラが近づけなかったようでもありました。それで日本では一部に、旅客機は墜落ではなく撃墜され木端微塵になっているから現場を見せられないのではという憶測も飛びました。
しかし数年前、この旅客機をテーマにした映画がありました。僕は観ていないのですが、この映画のコマーシャルフィルムによれば、乗客と乗っ取り犯との格闘の結果、飛行機は落ちたのだという、9.11当時に報道されていたような方向に従ってつくられていたのではなかったでしょうか。この映画と同じ年に公開されたオリバー・ストーン監督の「ワールドトレードセンター」も、あえて事件の真相には触れず、崩壊現場の救助活動に焦点を絞った作品だといいます。ところがこの同じ監督は、1991年に「JFK」という映画をつくっていて、この作品では、当時の、したがって現在までも米政府が発表した公的なケネディ大統領暗殺の真相とされているものに、真正面からかなり腰を据えて異論を唱えていたと思うのです。

白井:その話は、9.11の直後から、やはりペンシルヴァニアに落ちた旅客機が追撃されたのではということを友人のアーティストから聞きましたね。ワールドトレードセンターの崩壊さえも地下室で爆発音がしたと証言もあるぐらいですし、だいぶ後になって離れて建っているワールドトレードセンターの第7棟が崩れるとうこともあったので、いろいろと陰謀説があるくらいですから。

山口:真相はいつでもわたしたちにはわからない。これは9.11とは全く性質の違うことなので、あえて2011年の3月11日、とよび、そのことについて話すのですが、あのアメリカで起こったことと全く性質が異なっているし、類するようにも扱えない。
あの東北沖の地震と信じられないような津浪の惨禍が起こった。これは天災であり人間の業ではない。しかし、結果として今でも、福島第一原発事故では、何かある意図によって真相が隠されつつあるというように見える、というとことは感じてしまう。日本政府はわかっていることは全て明らかにしていると言っているし、実際、未曾有な事態の中で、そうなのかもしれない。
ところが一方では、震災以降、たとえば、30年も40年も原子力発電所の危険性を警告してきた複数の研究者の存在が、わたしたちにも見えてきたということがあります。自分の不勉強のせいでもあり、僕が知ったのは、ネット上が最初なのですが、従来の大きなメディアではよほど注意を怠らない限り見過ごしてしまうのか、一方で彼らの存在はベールがかかったように伏せられていたようにも見えるということもあったと思うのです。そしていま、そのベールがはがされつつある。

白井:震災以後、確かに政府は何かを意図的に操作していたかも知れないし、本当に事実がわからなかったのかも知れない。でもそれを批判するということもできますけど、たとえば、私自身が、積極的に原発反対の活動をしてきたわけでもなかった訳です。
実際、爆発してから反対することは誰にもできるけど、今まで使いたい放題電気を使って生活して、東北の人たちが被災し、その地で発電していた電力をわたしたちが東京で使っていたということもあり……。だから、これからですよね。こんなことになって気づいてしまった。

山口:……これは難しくて厳しいで問題ですね。

白井:はい。

山口:自分自身のことで言えば、僕は20年程前の初個展を”方舟”の作品で出発して、アメリカから帰国した翌年の94年に《ENOLA GAY》という大きな版画作品と原子力発電所の冷却塔とプルトニウムを運ぶ船をモチーフにした立体作品を発表しました。また、その後、ドイツで《原子力発電所》という絵画のシリーズを制作し、近年は劣化ウランの被曝したこども《DU Child》を木版でつくりました。
これらは、蜂の巣や蘭や蓮といった植物など自然をモチーフにした一連の作品群と交差して生まれてきたものなのですが、たぶん反対運動といった次元を考えたとき、自分の中で充分にそれが自覚されているということとも違っていて、何か気になるという……気になるから、それが何なの自分自身で確認したくなってつくってしまった。むしろ危険を感じて一瞬身構える動物のような反応だったと思うのです。
ところが今、本当に自然の力は凄まじいと言うしかない。もともと方舟のイメージは創世記の洪水、津波や黙示録的なカタストロフィーと結びつけられていますが、この方舟、原子力発電所、被曝という要素を、現実はあっという間に結びつけてしまった。これらが目の前に起こってしまったとき、何かの底が抜けてしまった気がした。だから、今日で震災から112日目ですが、今しばらくは、とにかくこれを注視して見ていくこと、書きとめていくことしかできないような気持ちになっている。

白井:今回のこと、ニューヨークで実際に経験した9.11の時も似たような気持ちを経験しました。起こるべきことが起こってしまったような。すごく驚くのですけど、一方どこかで、ああやっぱり起こってしまったのかというような気持ちがあって。私の叔父というのはずっと京都に住んでいたのですけど、伏見の予科練に所属していたことから広島で被爆しているのですよ。
広島に原爆が落ちた後、死体の山を片付けなければならないとか、大変な思いをしているのです。それで終戦になってもしばらく帰ってこないので、母もおばあさんもおじちゃん死んじゃったと思っていたのですね。そしたら、被曝したから首のあたりがパンパンに膨れて帰ってきた。その時の死体の山の写真であるとか、沢山の資料を持っているはずなのですが、家族には一切見せない。
叔父は今も健在なのですが、ある日、80歳ぐらいになったとき、突然、今まで一切話をしなかった戦争のことはやはり話さないのですけど、「自分の人生は二十歳の時に終わった」と言って。その後、銀行員になったりして皆に尊敬されながら仕事をしているわけですけど、個人の人生を根底から変えるようなことが過去に、日本の歴史にはあったんだなと感じていて。
私は9.11があった時に、突然、戦争が始まったと思ったのですよ。地球の裏側にいた山口さんはそれをリアルタイムで見ていても、あまりにもグランドゼロから家が近かったので、爆音と煙で囲まれてしまい、何が起こっているのか最初はわからなかったんです。
ニューヨークという都市やアメリカが奇襲されている、それほど、憎しみを持たれてもおかしくないと潜在的に理解できたのですね。文化と経済のしわ寄せがいっていて、アメリカの帝国主義というものが、大変な憎しみを買うということがあり得るということを、わたしたちがわかっている。だから、これはあり得ないことじゃないと。そんな感じ方をしたのです。
そういうものは、山口さんが普段、原発がこういうことになるんじゃないかとか、作家の予感として内で抱えているようなことを、やはり、アーティストとしてみんなどこかでわかっている。こういった感覚が今回の震災と原発の事故に対峙して、なぜ今まで大丈夫ということにしていたのか、原爆を落とされた国なのに、原子力で生活をしてきたこと自体が、今更ながら間違っていたのじゃないかと。
こんなに地震が多い国なのに、安全では無かった訳です。わたしたちはこれとどう向き合っていくのか。若い人を含めてこれからアーティストがどう生きるのか最大の興味であり、私達の人生におけるチャレンジではないでしょうか。

山口:数年前に白井さんと横浜のBankARTで一緒に参加した展覧会でお会いした時、これはご自身の個人的な身体感覚だと言われていたのですが、カタストロフィーがいくつか来るんじゃないかと。そういう予感は、いのちを生み出す女性には、僕はあるのではないかと思うのです。動物的な勘というのか、予感のようなものに関しては、むしろ女の人の方があるんじゃないかと思うのですが。
今、原発事故で、最も深刻に感じている人々は、福島のお母さんやこれからこどもを生もうとしている女性じゃないかと思うのです。身体的なセンサーが働いて、たとえば、小出裕章さんの本はわかりやすくは書いてあるのですが、それでも専門的な要素は避けられない。でもそのような科学者の本も女性にもよく読まれるようになったり。それは今、必要だからだと思う。

白井:女性の身体感覚は男性とは違うことは確かにあると思う。私は今、女子美で教えているのですが、昨日、大学院生たちに、アラン・レネ監督の「ヒロシマ・モナムール」という映画を見せたのですね。原作はマルグリット・デュラスで、女性ならではの視点で広島の原爆投下という世界的な悲劇と恋愛について、女性の声を通して語られた物語で、ヌーベルバーグの最高傑作だと思っているのですけど、それが50年前の作品にも関わらず、今の二十二、三歳の女の子達にも届いたようで、皆とても感動していて。歴史の悲惨さと、個人の愛の記憶が重なり合っているのですね。

山口:その映画は見ていないのですが、以前から知ってはいました。実は、先日、震災のため今年は行われなかった「原爆展」に関する会を丸木美術館に聞きに行ったのですが、「原爆展」企画者の正木基さんの講演にも、その映画のことが少し紹介されていましたので、記憶に新しいのです。
ちょっと、ここでまた最初の話に戻したいのですが、ニューヨークでの話、つまり、アメリカの金融と文化の中心であって、同時にそのアメリカ的なものに反対したり批判するニューヨークの人々の存在です。アメリカは20世紀中頃から現在まで、戦争に最もポジティブな国だと見える。
しかし、最近ふと、これだけ戦争という危険に、一部でも兵士である国民と、それを受け入れる社会が現在でも接しているからこそ、また、戦争に反対する人々もその同じ場所から生まれてくるかも知れないと思ったことがありした。
以前は、このような人々の批判の声や運動は、結局はある種のガス抜きとか、強面のイメージを中和させるもののように、大きなアメリカという国の体制にとって利用されているようにも、離れたところから、自分はななめに見ていた気もします。
ところが、震災後、目の前にふってきたような本で、先日、白井さんが聞いてくださった平川克美さんとのラジオでの対談でも言っていたと思うのですが、ハイデガーの『技術への問い』(関口浩訳 平凡社2009)という本の中に、ヘルダーリンの詩の引用から

「しかし、危険のあるところ、救うものもまた育つ。」

とあるのを知ったのですね。戦争の悲惨さという危険のあるところに、そこから救うものもまた育つ可能性は確かにある。資本主義のシステムとか膨張の危険があるとしたら、やはりその最も親しんでいるその場所には、切実な何かが芽生える場所でもあるかも知れません。
そういうことは、本質的に主体的な立場に置かれないと実感できない感覚であり、またそういう状況にならないと見えてこないものだと知りました。なぜなら、危険は、3月11日以降、この日本に起こっているから。
津波でさらわれた東北の市街地の風景は、多くのに人々にとって、まぎれもなく徹底的に空爆されたような戦争の風景です。福島原発は、爆発直後のチェルノブイリ原発4号炉のように破壊された四つの建屋は、最初の爆発から112日が経った現在でも、スカスカの穴だらけで不気味な姿をさらしており、そこから、決して見えない放射性物質と、これも実際にはよく見えない汚染水を地下へ、海へとたれ流しているはずです。
しかし、科学技術が起こした技術上の問題そのものには、芸術に何かできるはずもなく、自然科学の問題はあくまで同種の技術によって手当されるのでしょう。でも、未来の人間の選択には芸術は関われるのではないかな。そうでないと、芸術が存在する理由が大きく失われるのじゃないのかと、この現実から問い返されているような気持ちがあります。
■反転するパラダイム

白井:危機の只中でアーティストが何をするか。これはやはり表現者としての自分の道を、さらに新たに模索するのですね。テロ直後には、とある画家が、アーティストはたとえ強制収容所の中であっても絵を描くのだから、ソーホーのスタジオで作品制作する私には何の問題もない、と発言していました。そういった強さと共に、事件の衝撃を個人が受け止め、本当に意味のあるものとして各自の表現行為の中に経験が昇華されるには、実際は時間がかかると思います。
一方で今なにかを阻止しなければ、さらにたくさんの人の命が奪われ、不正がまかり通ると感じた時、自分の怒りやおののき、悲しみをもって街頭に出て意見を表明するという、即座に行われる行為がプロテストなのです。アメリカが世界を覇権していくときに民主主義という言葉が使われたのでしょうけど、先の反戦運動のパレードに参加しているときに、参加者同士の掛け声があって、たとえば「Show me what democracy look like?」というと「This is what democracy look like!」 という、それは「民主主義がどんなものか見せてみろ」という問いかけに、「これが民主主義だ」と答えながら楽器や鳴りものを鳴らして皆で街をねり歩くのです。そこに参加することが喜びであり、同じような考えをする人達がこれほどいるんだということが、その時、わかるのですね。それは皆が体感できる、社会の変革を目指そうとする人達が一体となった、人間的な表現の場であるのです。

山口:白井さんと僕は、生まれた年が同じですね。わたしたちは、自分の成長と並走するように高度成長期のときに育ち、大学生の頃には世間はバブルだったのだろうし、その気分はバブルが弾けたとされている90年代最初の頃にもまだ世界では実感されないで、しばらは続いていたのですね。
だから92年当時にアメリカにいた頃、あちらの大学院生たちとつき合うことがあって、彼らの世代がアメリカの60年代から70年代の、つまり彼らの親の世代よりもむしろ豊かになれない、社会的にも悪い方に行っているというような気分を、なんとなく共通して持っていたことに、ちょっと奇異な感じがしたのです。当時のアメリカ経済は頭打ちしたような状態でした。僕らが社会に出た頃、社会の経済は右肩上がりが続き、親の世代よりもさらに豊かに、社会もよくなると漠然と思っていたところがある。ところがここずっと、日本では、まさに20年ほど前にアメリカで感じたこの気分が多くの人々に実感されている。

白井:若い世代はまさにそうですね。希望を将来に対してなかなか持てない雰囲気になっています。

山口: そこで芸術の役割はなんでしょう? この度の原発の事故が起こったというのも、人災といわれ、今わかっているその理由を要約するなら、利益誘導の上に必要なコストを省いたという経済の問題ですよね。僕自身は作品をつくり、結果としてそれを売って生活しているのだから、まったく経済的な社会に属していますし、誰もが貨幣経済から逃れることはできない。
しかし欧米にあるような現代の美術の市場が日本に定着しているわけでもなく、多くの今の日本の人にとって、美術作品は買うものではなく見るものです。デザインや建築のようにクライアントがいるわけもなく、そんな厳しい環境の社会の中で、なぜ美術をやるのかというのは、仕事として生きていけば、自然と問われる。

白井:アメリカでもここのところ、本当のアート好き、”アートラバー”がいなくなったとよく言われています。ヨーロッパではそうでもないようですが。

山口:そんな言葉がカテゴリーのようにふつうに使われていること自体に、なにか深刻なものを感じますね。つまり、画廊にはもともと日本語では美術愛好家とよばれるような人びとがくるのが前提ですから。”アートラバー”じゃない人が画廊に来ることが多いということですね?

白井:私が暮らしていた頃のアメリカでは、美術品がどんどん投資の対象になっていた頃で、アートフェアで作品を買いまくって、自分で買った作品を見ようともしないコレクターが増えてきたという話はよく聞いていましたね。そのような買い手は画廊には来ないでアートフェアで一気に買う。画廊も普段から開けているのですが、若手の画廊など一年の売上の八割をアートフェアで稼ぐとかね。サブプライムローン破綻以前の話ですが。
ただ、最近はアーティスト同士の横のつながりには面白いものができあがっていて、新しい運動体のような働きをしたいという動きが高まって来ていると感じていますね。そんなマーケットもそもそもなかった日本では海外に出ていく人もいると思いますが、日本でも同じようなムーブメントが生まれつつあるということを、この最悪の状態の中でも、いま、言われたような”救い”の方向を皆が模索している状態が潜在的にあることを確かに感じます。
同時代を生きているアーティスト同士でまた何かやれることがある。結局、歴史に残るというものは、どんな時代でも芸術運動でしかあり得ない。ダダとかシュールレアリズムもそうで、キャバレー・ヴォルテールと名付けた試みなど、いろいろな前衛アーティストが集まって歴史的な動きが生まれるという、そういうものですね。個々のアーティストが頑張っていても、そのようなダイナミズムなしには大きく歴史の中に位置づけられないから。

山口:そういう問題は微妙ですよね。とくに現代美術はイズムでやってきたと思うのですね。でもどうでしょうね……たとえば過去をみると、ルネサンスが運動体といわれればその通りかも知れないしここからいっぱいアーティストが出てきていますが、たとえばフェルメールでもいいし、ゴッホでもいいのですが、あの人たちは例外かもしれないですけど、わりあいに孤立している感じがする。音楽ではバッハなんか凄い人だと思いますけど、わりあい生前は孤立した周辺にいるようで、だから死後100年間ぐらいは忘れられていた。

白井:デュシャンみたいな人は、ダダとかシュールレアリストと関わっていても、スタンスを取るのがすごく上手くて、それらから結局は距離を置くじゃないですか。ああいうのが一番上手いんだろうなと(笑)。

山口:クレーは1940年、カンディンスキーは1944年に亡くなっていますが、あの時代のヨーロッパは、ナチズムが台頭して第二次世界大戦前まで、ものすごく暗い時代です。それでも美術市場はあったはずですが、少なくとも彼らの方を向いていたとはいえないのじゃないかな。彼らは一部の進歩的な人々の間ではアバンギャルドとして認知され、青騎士という芸術運動の萌芽のような活動を始めたけれど、それゆえに実際には退廃芸術として迫害もされた。少なくとも美術環境も現在のようなものではなかった。むしろ隠された人たちではないでしょうか。

白井:でも、彼らには大パトロンがいたけど。グッケンハイムとかね。そして彼女らのソサエティー、サロンがあの時代の多くの芸術家を支えていた。そういったことがヨーロッパの強さだと思うのです。

山口:なるほど。ただ、彼らのパトロンの力は、彼ら自身をどの程度に救ったのだろうか? カンディンスキーの晩年はドイツに占領されていたパリの郊外で不遇に亡くなったと伝えられています。カンディンスキーが78歳で亡くなった翌年の45年には第二次世界大戦が終わる。3歳若いマティスは54年に亡くなっていますが、もしそれぐらいまで存命していたら? 明らかにマティスやピカソの晩年とは違いますね。おおざっぱに言えば、僕らはそれ以降の制度が整備された環境にいるのでしょうけど。

白井:社会の中で人の意識を喚起しアートを支えてきたということで言えば、アメリカではユダヤ系の人たちに、自分たちが重要な文化の基盤を築いてきたという意識がありますね。

山口:なぜユダヤ系の人たちがコンテンポラリーアートを支えているのかということは、どこか、反キリスト教的文化ということもあるのではないかな。ユダヤ教は偶像崇拝を禁じていますよね、だから図像というものを否定しているし、そのぶん抽象思考に長けた人びとです。
ところが、伝統的キリスト教文化は神の似姿を描くため具象絵画や彫刻の長い歴史と発達があって、その間、国を失った民族であるユダヤの人びとから見れば、いつかこの支配的な文化を解体し、反転してやりたいと思っていたのではないかな。アバンギャルドやモダニズムが起こったとき、抽象傾向の強いこの文化を応援したいと感じたと思うのですよ。金融業の力を持っていた人はモダンアートのパトロンとなった。そして第二次世界大戦後はこれを基盤として体制が整ったのではないでしょうかね。

ところで、僕がドイツに滞在した95年頃、たとえば当時開催されたドクメンタはフランス人の女性の企画者によるキーワードとされたのが「グローバリゼーション」という言葉でした。今、この言葉はどのように聞こえます?

白井:ネガティブなイメージがあります。

山口:やっぱり十五、六年経つと、こんなものだったのかとか、パラダイムの方向が反転しているということがありますね。市場原理主義も同じではないかな。

白井:そういうことを皆が真面目に考えるようになってきていますね。

(次回配信に続く)
   

 アーチストの息遣いが聞こえてくるような対談ですね。
 次回はいよいよ、「芸術の本質」と「芸術家の役割」に迫っていきます。お楽しみに。

 ■今週・来週(8/9~8/19)配信予定コンテンツ
8/9(火)
●《朝カルArchive》林望「春夏秋冬 四季の古典文学_冬」

8/12(金)
● 立川談笑の落語研究室 第15回〈泥棒〉
● 平山夢明の「ヤリボンこきまSHOW!」with高野秀行(上)
● 東京ポッド許可局@銀座(3本+α)
● 一龍斎貞山/文化白波「和国餅」
● 宝井琴桜/戦国の女 立花誾千代

8/19(金)
● 平山夢明の「ヤリボンこきまSHOW!」with高野秀行(下)
● 劇団☆新感線・粟根まことの「感隙トーク!」第5回(ゲスト:中山祐一郎)

● 注目の町山智浩再登場!!!イベント情報
絶妙トークで話題のホラー作家平山夢明が、
前回400人の会場が発売即完売となった人気映画批評家の町山智浩との
名コンビで送るトークショー、お早目のご予約を!!!
■「声」と「語り」のダウンロードサイト
ラジオデイズオフィシャルサイト
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■『ラジオの街で逢いましょう』(インターFM76.1MHz)情報サイト
http://www.radimachi.jp/
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8月 15th, 2011 | Tags:

 みなさん、こんにちは。ラジオデイズ代表の平川克美です。
今月から、毎月ラジオデイズ通信をお届けしたいと思いますので、
よろしくお付き合いのほどお願い申し上げます。

● 四月は残酷な月
四月は残酷な月と書いたのはT・S・エリオットでした。
有名な「荒地」という詩の第一行目の書き出しにこの有名な言葉が出てきます。

April is the cruelest month, breeding
Lilacs out of the dead land, mixing
Memory and desire, stirring
Dull roots with spring rain.

第一次大戦後の荒廃した世界の姿を、リアルでありながら、
同時に象徴となりうる言葉を詩という形式を借りて書き記す。
そんな決意を感じる書き出しですね。

第二次大戦後の日本でも、それまでの浪漫派の詩から決別して、
現実に強くコミットする一群の詩人たちがいました。

鮎川信夫や、中桐雅夫、田村隆一、北村太郎といった
日本現代詩を切り開くことになる詩人たちです。
かれらは、自らを「荒地派」と名付けました。

いきなり、なんでこんなことを書いているのかと申しますと、
3.11の地震と大津波、そして原発事故は、
わたしには上記のふたつの人類が起こした惨禍にも匹敵する、
現代の「荒地」の顕現であると考えているからです。

その後の福島第一原子力発電所の状況、被災地の様子、
そして各地に飛散した放射能の恐怖と、
混乱する政府・東電・経済産業省からのアナウンスなどが映し出した光景は、
四月も、五月も、六月も残酷な月が続いていることを示しています。

エリオットが書いているように、「記憶と欲望をかき混ぜる」風が
日本列島に吹き渡っているのではないでしょうか。

ラジオデイズでは、この歴史的な惨禍に対して、
同時代の言葉というものがどれほどの射程を持つものなのかを確かめたい
という思いから一連の対談・鼎談を企画いたしました。

これは、わたしたちラジオデイズの仲間たちによる
現代の「荒地派宣言」でもあると言ってもよいと思っています。
対談・鼎談はUstreamを通じて、リアルタイムで配信されました。

第一回「いま日本に何が起きているのか」中沢新一・内田樹・平川克美
第二回「いま言葉は何を語れるのか」小田嶋隆・小池昌代・平川克美
第三回「圧倒的な現実に文学はどう対峙するのか?」高橋源一郎・平川克美
第四回「いまいのちは何を求め、何が与えられるのか」釈徹宗・名越康文・平川克美
第五回「原発事故の嘘と真実」小出裕章・平川克美
第六回「現場の思想・生活者の視点」湯浅誠・平川克美

上記の他にも、インターFMでのラジオ番組『ラジオの街で逢いましょう』を通じて、
劣化ウランの武器使用を告発し続けてきた画家、山口啓介氏
武道家の視点から独特の文明批判を展開している甲野善紀氏
自然エネルギーによるオルタナティブな世界を探るオルタナ編集長の森摂氏
などなど多数の識者からお話をお伺いしました。

なかでも、山口啓介氏が3.11以降に、沈黙のなかで画帳に書きつけたノートは、
精緻な福島原発の内部のスケッチや、放射能に関する記述でびっしりと埋められ、
かれがこの間どれほど深くこの問題を自らの問題として考え続けてきたかが
窺われるものでした。

また、ラジ街の新しいパーソナリティーとなった津田大介は
『ミツバチの羽音と地球の回転』の鎌中ひとみを、
モーリー・ロバートソンはPROJECT FUKUSHIMAの代表者のひとりであり、
伝説のロックバンド「スターリン」のヴォーカルである遠藤ミチロウを
スタジオに招いて、独自の視点からこの問題を切開しようとしました。

これからも、ラジオデイズでは折にふれて、この問題をとり上げていくつもりです。
みなさまのご支援がなければ、(ビジネス的には)なかなか続けることが困難な
企画ですが、是非とも後押しをお願いいたします。

以上の作品の完全版は、すべてラジオデイズのサイトhttps://www.radiodays.jp/
からご購入可能です。

● 落語の配信も再開
様々な理由から、落語の配信が滞ってしまい、ファンの方からお叱りを受けました。
大変申し訳なく思っております。

落語配信は、ラジオデイズ設立以来のラジオデイズ設立メンバーの想いであり、
落語こそは日本の語り文化伝承の本丸ですので、これからも何とか機会を探り、
ラジオデイズならではの落語配信を続けていこうと考えています。

ラジオデイズは小さな所帯で倹しい運営をしている会社です。
予算の問題や、ビジネス的な採算、さらには様々な利害から
定期的に落語会を開催してその音源を配信してゆくことは難しい状況ですが、
ラジオデイズゆかりの噺家さん、将来を期待される二つ目さんなどの噺を収集して
配信してゆくつもりですので、どうか長い目で見守っていただければ幸いです。

「あきらめません、笑っていただくまでは」の心意気で
スタッフ一同頑張っております。

● 最新のリリースとイベントにご注目下さい
毎週金曜日は、ラジオデイズのニューリリース配信日です。
金曜日の夜は、ラジオデイズのサイトを覗きに来てください。

以下は本日(7月22日(金))に発売する音源です。

・立川談笑の落語研究室 第14回「妾馬」  
 https://www.radiodays.jp/item/show/300700
・ 名越康文の連続講座「こころカフェ」第3回
 https://www.radiodays.jp/item_set/show/501
・ 田中宇の「ニュースの裏側」第3回
 https://www.radiodays.jp/item/show/200782

● 注目の町山智浩再登場!!!イベント情報
絶妙トークで話題のホラー作家平山夢明が、
前回400人の会場が発売即完売となった人気映画批評家の町山智浩との
名コンビで送るトークショー、お早目のご予約を!!!

・平山夢明の「ヤリボンこきまSHOW!」第6回 【町山智浩】  
https://www.radiodays.jp/community/show_event/125

・名越康文の連続講座「こころカフェ」第4回
https://www.radiodays.jp/community/show_event/124

●今週の「ラジ街」
「ラジオの街で逢いましょう」次の日曜日の放送は小田嶋隆の当番です。
ゲストは俳人「堀本裕樹」さん。
放送は7月24日(日)23時から、インターFM(76.1MHz)です。
ラジオがない方は、radikoでもお楽しみいただけます。
http://www.radiko.jp/

当日の収録の一部はこちらでご覧いただけます。
http://www.ustream.tv/recorded/15946161

●「ラジ街」に小島慶子さんが出演!
TBSラジオの「小島慶子キラ☆キラ」(月曜~金曜午後1:00~3:30)の
メインパーソナリティを務めるほか、雑誌でエッセイの連載も多数。
いまやラジオ界を背負っているといわれている
小島慶子さんが「ラジ街」に出演します。

彼女も震災当日、生番組の放送中であったこと、
そして、震災以降も自らのメッセージをぶっちゃけトークで
展開してきた彼女に、パーソナリティ津田大介が迫ります。
ラジオデイズでおなじみの面々ともなじみの多い小島さん。
どんな出会いになるか、楽しみです。
収録日である7月28日(木)にはUstreamによる収録風景の配信も一部行う予定です。
http://www.radimachi.jp/news/2011/07/000013.html
さあ、これからが夏本番です。夏バテなどしませんようにご自愛下さい。
そして、楽しいラジオライフを!
そして、ラジオデイズで逢いましょう!!!

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3月 27th, 2011 | Tags:

いま、日本に何が起きているのか。

あまりに大きく、複合的な災害の前でひとは、何を考え、どう動いていくのか。

被災地の救援、復旧、復興へ向けて、あるいは現在危機に瀕している避難場所の状況改善へ向けて、原子力発電所の安定化へ向けて、電力不足への対応に向けて、産業の停滞への対応に向けて、直ちにやらなければならないことは、あまりにも多く、どこからどのように手をつけていったらよいのかを冷静に判断することができない。

正直で、隣人愛にあふれ、モラルをもって行動することができる日本ならきっとやれる、世界も日本の冷静さを賞賛している、と思いたいが、しばらくは希望と現実の落差に苦悩することになるだろう。日本人ひとりひとりの上に、やらなければならないこと、考えなければならないことが、個人の能力を超えてあふれ出しているからである。

正直に言えば、しばらく呆然としていたいのだ。

呆然と事態が移り行くのを眺めている自由が欲しいのだ。

時間がそれを許してくれるのならばだけど。

たぶん、時間もひとびともそれを許してはくれないだろう。

あたりまえだ。福島原発ではまったく予断を許さない危機的な状況が続いている。被災地では、いまも病人や老人が倒れている。深刻な状況が続いており、改善の道筋が見出せない。ひとびとの言葉遣いもとげとげしく、メディアでもネットの中でも批判と非難の声が響いている。テレビはコマーシャルを自粛し、おそらくは様々な非常時の放送コードが発動され、制作者は自己規制している。

めったなことを口にすれば、「不正確な情報で風評を流すな」「煽るな」、「現場で苦しんでいる人々の気持ちになれ」といった叱責が飛んでくる。

どこかから、つよいリーダーシップを持ったヒーロー(政治家)が出てきてくれて、的確な指示を出し、問題を解決してくれることを待望する声が高まる。

感情や、不安、不信の揺れ幅が時間を追うごとに大きくなっている。

ひとびとが不寛容になり、常時ならなんでもない冗談や、身勝手な行動や、軽口に対して、いまそんなことをやっている場合ではないといった同調圧力が高まっている。

非常事態であることはおれも十分認識している。

多くのひとびとが、モラルを維持し、ボランティア精神を発揮し、助け合い、慰め合い、励ましあっている光景は、この災害のなかでのひと筋の希望である。

しかし、そのことと、非常事態に「そんなことをやっている場合か」と言って他者にモラルや、ボランティア精神や、善意を強要することとは、似てはいるがまったく別のことである。

友人の内田樹は、「金棒引き」という言葉を使っていた。

サルトルの言葉を引用して「被抑圧者の再利用」とも言っていた。

鋭い指摘だと思う。金棒引きばかりが増える社会は、おれたちが最も忌避したかったものだ。

やらなくてはならないことは、ひとびとのキャパシティを超えて山のように積み上げられている。そのなかで、災害に直接会わなかったおれ(たち)がやれること、やらなければならないことのひとつは、いま、目に見えないところで何が起きていたのか、いまこの日本に何が起きているのかに対する正確な見通しをもつことであるだろう。

もちろん、それはおおくのやらなければならないことのうちの、ひとつでしかない。

しかし、具体的かつ直接的な行動が重要であるのと同じくらい重要なことのひとつだと思うのである。

 原発事故は、日本の原子力行政がどのようなものであり、どのようなものでなかったのかを明白なかたちで示したと思う。

政府や東電の対応を責める向きもあるが、首相も、枝野も、原子力安全保安室の職員も、東電の広報もよくやっていると思う。

どこかから、つよいリーダーシップを持ったヒーロー(政治家)が出てきてくれて、的確な指示を出し、問題を解決してくれと望むものもあるが、今の指導者は自分たちが選んできたのだ。そして、どんな駄目な指導者であっても、社会の秩序が保たれるような社会を作り上げてきたことにもう少し誇りを持ってもよいと思う。

阪神大震災から復興することができたのは、そこに生きていた現場の人々の必死の努力によるのであって、指導者が超人的なパワーを発揮したからではない。

もちろん、今の指導者のやりかたがうまいとはお世辞にもいえない。へたくそだといってよい。記者会見場の記者のようになにやってやがるといいたい気持ちはおれにもあるが、おれが当事者であったらかれらより旨く事態を処理できるのかと自問したとき、おれにはあまり自信がない。

多くの過剰な不安や、怒りに囲まれて、緊急事態を収束させてゆくことは、やさしいことではないからだ。

信用があらかじめ失われている現場で、有効なコミュニケーションをとることがどれほど難しいかについて、誰でも経験則として知っているはずだ。

問題があるとすれば、何故、事故が起きた最初から、信用というものがあらかじめ失われていたのかということだろう。

 原発で不測の事態が起きたとき最初に言われたのは、「想定を超えた災害」ということだった。この言葉がどんなに便利な言葉かについて、それを使ったひとたちは無意識的だったと思う。同時に、この言葉がどれほど不信を増幅させることになるのかについても。

原発は、そもそものはじめからエネルギー問題である以前に政治的なイッシューであった。

この危険性のある技術の恩恵を受けるものと、その危険のコストを負担するものの非対称性が当初より指摘されていた。

この度の事故に関しても、実際に最も危険な場所で作業を強いられているのは、関連会社、その下請けの作業員であり、危険に晒されているのは原発の恩恵を十分に受けているとは言いがたい地方住民であることがそれを物語っている。

原発は、推進派にとっても反対派にとってもその安全性をどのように担保するのかということが最重要課題であった。

しかし、それを検証すべき専門家が、原発推進派と反対派に分断され、お互いを御用学者、パラノイアと呼び捨ててニュートラルな研究検証をし難い情況が生まれていた。

安全性に関しては、原発推進派にとっても常に最重要な課題であり、同時に安全を広報することは地域住民、反対派、世論の承認を取り付けるためには必要欠くべからざることであり、そのためには客観的な安全の指標を列挙する必要があった。

それが、幾重にも張り巡らされたフェイルセーフ機構であり、放射線被害に関する科学的なデータの提供である。

今回の事故後、テレビには毎日多くの専門家が登場した。

その多くが、事故は破滅的なものではない、漏れ出ている放射線は直ちに健康に被害を及ぼすものではないということを言っていた。

「正しい知識に基づいて落ち着いて行動せよ」と。

テレビに出て解説している専門家たちの言っていることはおおむね正しいのかもしれない。しかし、それでもなおかれらが安全性を強調すればするほど、不安が増幅してしまうのである。

なぜなら、かれらが「正しい知識に基づいて」原発に関わってきたのならば、そもそも今回のような事故は起こりえなかったはずだと誰もが思っているからである。

正しい知識に基づいて設計され、正しい知識に基づいて運用されてきた原発が、想定外の出来事によってトラブルになったのだとすれば、これからもいくつもの想定外の出来事が起こるかもしれないと。

しかし、今回の震災で原発にとって想定外だったのは、津波の影響だけである。

もっといえば、ディーゼルエンジンが水没したとか、非常用バッテリが機能しないとか、電源車と原発電源を繋ぐ機器が合わなかったとかいうドタバタ劇のような想定外なのである。

かれらは何故、当然考えなければならない津波の影響を軽視したのだろうか。

おれには、その理由はかれらが専門家であったからだという以外には思い浮かばない。

つまり、専門的な領域に関しては万全のデータと知見を有していたが、専門的な領域は狭く領域横断的な問題に関してはまったくの素人であったということである。

確かに言い過ぎかもしれないが、すくなくとも自らの狭い領域以外の事象に関して謙虚さを有していたならば、チリ地震のときにすでに指摘されていたという津波の影響などに関してもっと真剣に対応していたはずである。

話が長くなってしまった。

おれが言いたいのは、想定外と言った瞬間に専門家たちはもっとも重要なことを失ったということである。もっとも重要なこととはもちろん、信用である。

「高い値を示してはいるが、直ちに健康に影響を与えるものではない」という言い方も、「想定外の出来事」という言い方も、信用を低下させることはあっても、増大させるものではない。

パニックは、最も信用されるべき人が発信する情報が信用することができないと多くのひとが思ったときに生じるものだろう。専門家が出してくるデータをもとに、冷静に判断せよというのは一見正しそうだが、おれにはお門違いの発言としか思えない。発電所や、放射能に関しての専門的な知見を有しないものにとっては、それらについて説明する専門家が信用できる人間なのかどうかだけが問題なのであって、それ以外ではない。

この度の震災で、政府や、報道、専門家たちは信用を失ったとおれは言いたいのだろうか。

そうではないのだ。今回政府や、専門家が繰り返し発言し、ネット上でその金棒引きの役割を担っているものたちの、冷静になれ」「健康に影響しないのだからパニックになるな」「風評をふりまくな」という言葉の中心に最初から、「民衆はすぐにパニックになるから、情報の発信の仕方に配慮すべきだ」という民心に対するそもそもの信用の不在が問題なのである。

自分を信用してくれないものの言うことを、信用することは誰にも容易なことではない。

もし、今回の震災と爾後の出来事に関して、おれたちに反省することがあるとすれば、どこかで、お互いがお互いを信用するというコミュニケーションを失ってきたということではないだろうか。

この信用を快復するのは、災害の復旧以上に長く困難な作業になるだろうと言わざるを得ない。

 

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3月 26th, 2011 | Tags:

3.11の大震災以来、身体の奥で何かがずっとざわめいていて、たまっている仕事の手がつかず、書かなければいけない原稿もそのままになっている。

ずっと、何かを考えていたはずなのだが、何を考えていたのかも判然としない。確かなことは、身体の奥のざわめきが今も続いていることであり、その理由を探しているということだけである。

この二週間、おれはテレビの画面を食い入るように見つめ続け、次から次へと書き込まれるツイッターの言葉を読み続けていた。

その合間をぬって仕事場に出かけ、入院中の父親を見舞った。

夕食を作り、洗濯をし、アイロンかけをした。

それらは、ここ一年続いてきた日常と同じであるはずなのに、何かが決定的に違っていた。

それは、おれの身体の奥で何かがずっとざわめいていたからだろう。

何かが決定的に違う。何かがざわめいている。

そろそろ、この何かに言葉を与えなくてはならないと思う。

 弟一家は仙台に住んでいる。震災直後より、かれらの消息を追ったのだが、電話はまったく役に立たず、弟の勤めている会社にも照会したがやはり連絡がとれないということだった。数日後に、ネット掲示板で弟の細君が避難所で無事であることが確認できたが、直接話はできなかった。弟から電話が来たのは一週間が過ぎてからで、一旦、家族で避難所に入り、病にふしている息子がいるので病院へ移り、次に知人宅へ移ったとのことであった。おれは少し安堵した。しかし、その安堵には多くの犠牲者に対して申し訳ないという気持ちも含まれていたと思う。

この間、福島の原発が事故っているとの報道が入ってきた。建て屋が爆発との報道が続いた。ここからこの度の東日本大震災が、これまでの震災とは別のファクターが加わり、前代未聞の複雑な災害状況へと移っていった。

すぐにでもやらなければならない現実的かつ緊急な課題と、同時に長いスパンで考えなければならない本質的で長期的な課題が同時に進行し始めたということである。

それらは、同時に進行しているが、分けて考えなくてはならない問題であり、これを混同すると、どちらの問題も焦点から外れてゆくばかりであるように思う。

現実的かつ緊急な課題に関しては、多くの人々が提言し、おれも思うところをツイッターで発信してきた。

これから書こうとする、おれの身体の中でのざわめきは現実的かつ緊急な課題に対するものではない。

もうひとつの、本質的で長期的な課題についてである。

もっと直裁に言うなら、このたびのような大きな「事件」の前で、思想とは何でありうるのかということだ。

こんな緊急時に、思想がどうだとか、立ち位置がどうだとか、悠長なことを言ってどうする。今でも必死に原発の現場で作業をしている人々がいるというのに、デスクの前で「思想」かよ、という人はこの先を読まないほうがよいと思う。

確かに、現実的かつ緊急な課題に関して思想は無力であり、思想が何事かであると信じるよりは、無力であると知ることが大切なことだと思う。それでも、おれは、このたびの悲劇から思想とは何かということを学ばなければ、本質的なことは何も学べないだろうと考えているのである。

話をわかりやすくするために、人口の減少と原発事故の関係について考えてみよう。

最初におれの耳に届いてきたのは、「千年に一度の想定外の災害」という言葉だった。文字にしてながめれば、既視感の伴うフレーズだ。

いや、おれ自身が、自分の本の中で、「千年に一度のことなら、千年の時間スパンに耐えうる言葉で考えるべきだ」と昨年書いたばかりである。おれが書いたのは、2008年9月15日のリーマン・ショックについてであり、2006年以降急激に、長期的に人口が減り始めた日本の社会についてであった。

おれが書いた本には結論はないのだが、その本の通奏低音とでもいうべきものは、日本で人口が減り始めたのは、社会の進歩を阻害する原因ではなく、社会の進歩の帰結なのだということだ。

おれが書いたリーマン・ショック・人口減少という「千年に一度」と、この度の震災・原発事故の「千年に一度」は偶然に重なった「千年に一度」の出来事だったのか。それらはどこかで繋がっているのか、それともまったく別の出来事でありそれが偶然に重なっただけなのか。

おれは、このふたつの「事件」は、別々の問題が同じ時期に起きたのではなく、おれたちが推し進めてきた社会の進歩というものの帰結であるかもしれないという考えるべきだと思っているのだ。おれたちは、自分たちが正しいと思うこと、自分たちが幸福になれると思うことを推し進めてきた(と思いたい)。しかし、人間は必ずしも自分たちが思っていることを、実現できるわけではない。

「信じることは実現できる」「努力すれば必ず報われる」わけではない。

 あの日以来、ツイッターで呟かれる内容はまったく変わってしまった。それまでは、日々のちょっとした断面、感情、愚痴、意味のない呟きだったものが、一気にこの震災にどのように対応すべきかという政策的な提言と、専門家の知見と、ひとはどのようにふるまうべきかという道徳倫理的意見と、個人的な見解と、風評を諌める叱責などで埋め尽くされた。つまり、空気が変ったのである。この空気の変化については、このたびの震災の大きさを考えれば無理のないことだ。ただ、この空気の変化にはいくつかの重要な落とし穴があることに注意する必要がある。

もし、その落とし穴を見落とせば、おれたちは震災で失ったおおきなものに、もうひとつの大切なものを付け加えなければならなくなるからだ。

その陥穽とはたとえば「買占め」についてのおれ(たち)の視線である。

おれは、ツイッターに「買占めをして自分だけ生き残ってどうする。分け合おう」という意味のことを書いた。買占めは卑劣な行為だ。一方に瀕死の人々がいるときに、抜け駆けしようというのかというような響きがあった。

実際に、スーパーに食材を仕入れに行ったとき、米も、パンも、即席ラーメンも棚から消えていることにおれはちょっとしたショックと腹立たしさを覚えた。

そして、どこかに買占めに走っているやつがいるのだ、許せない、と思ったのだ。

「買占めをするなよ。卑劣なことをするなよ」。

そして、卑劣を見過ごすこともまた卑劣なことだ、という声も聞こえた。

昨日、この件に関して日頃より注目している小田嶋隆さんの文章を読んだ。かれはこう書いていた。

本当のところ、そんなに露骨な買い占めが横行しているのだろうか。私は疑問に思う。
トイレットペーパーやインスタントラーメンについて言うなら、確かに、買い物客がいつもより多めに買っている傾向はあるのだろう。が、それにしたところで、一部の消費者が品薄の不安から必需品を確保しようとしているだけの話で、誰も「買い占め」というほどの量を買いためているはわけではない。

 

こういう苦難の時にこそ、われわれは隣人に対して寛大であらねばならない。そうしていれば、世界はわれわれにとって寛大なものになるはずだ。たぶん。

 

(『ア・ピース・オブ警句』2011年3月18日 「今こそ隣人に対して寛大になろう」より抜粋)

 

おれは小田嶋さんの文章を読んで、ちょっとしためまいを覚えた。この小田嶋さんの文章は、この間おれが目にしたどんな文章よりも思想の本質について語っているように思えたのだ。

本当のところ買占めの事情がどうであったのかは必ずしも明確ではない。だかそのことは問題ではない。おれがいったいどのような立ち位置から「買占めをするのは卑劣なことだ」と言っていたのかが問題なのだ。そう言った瞬間におれの中から思想的な課題が抜け落ちていることに気付かないほど感情的になっていることを恥ずかしく思ったのである。

思想的な課題とは何か。

それは自分を棚に上げたところからなされた言明は、それがどんなに正義の意匠をまとっていようが思想にはならないということだ。それは正しさらしさの反復であり、空気への同調であり、それらを背景にした上から目線でしかない。

思想が思想であるためには、ひとは常に自分が正しいと思っていることと別のことを実現してしまうような存在なのだということを、自ら身体に叩き込んだ言葉によって紡ぎだされたものでなければならないということだ。絶対的な正義も、絶対的な悪も人間の中には宿れないということを知ることだ。なぜなら、正義も悪も同じ人間が作り出したものでしかないからだ。

危機が迫り来る時に、身の安全のためにいつもより多く食料を確保すること、ペットボトルをいつもより多く買うことは、違法なことではない。こういう小市民(おれもその中に含まれるはずだ)の自由な行動を、社会正義の名の下で断罪することが、社会正義を実現することだというのは、思い上がりである以上に人間理解において浅薄であると思うべきなのである。母親が自分の子供を守るために法の範囲の中で行う愛情の行為を、社会正義と比較することはできない。

前の戦争でおれたちが学んだことは、小市民が法の範囲の中で、利己的な行動を起こせるような社会こそが健全な社会なのだということだったはずである。

不確かな事を言って煽るな。

専門家でないやつが、想像で勝手なことを言うな。

落ち着け。

パニックに陥るな。

逃げるな。

こういった命令的な言葉におれが感じていた違和感の所在も同じところにある。これらは、いったい誰が誰に言っている命令なのだろう。言われているのは、「小市民」である。「小市民」はいつも、自分勝手で、知識に乏しく、すぐにあわてて、何をしだすかわからない。

言っているのは誰か。主語の抜け落ちた、正義の代弁者なのか。

「小市民」は、自分勝手で、無知で、利己的な存在かもしれないが、自分や自分の家族をどうしたら守っていけるかということの判断力や、危険の察知能力において、専門家に対して劣っているわけではない。その理路を示せなければ、どんな言明も思想にならないとおれは思う。

この度の震災は確かに未曾有の、想定を超える国難である。

もし、隣人に対して非寛容な言葉や、行為によってこの厄災を乗り越えたとしても、その復興とは、単なるスクラップビルドによる同じものの再生以外のものではないと思う。

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2月 10th, 2011 | Tags:

というわけで、やります。

平川主宰のビジネス・ブレインストーミング・カフェの春のイベント。

いつもは、ごりごり勉強会なので、たまには浮世の憂さを晴らしましょということで

新作落語の雄、柳家小ゑん師匠を迎えて、一席かましていただきます。

続いて、産業ミュージックフェス優勝の東洋ビジネスエンジニアリング社長、

大澤正典のブルースハープが、実力派女性ブルースギターの小野アイカ他を向かえてぶっぱなします。

果たしてブルースの神は降りてくるのか。(神は降りずとも、小田嶋隆さん参上。中沢新一さんもスケジュール調整中とか・・・

イベント詳細

Business Brainstorming Cafe Vol.4
「落語とブルースによる文化人類学的セッション」

日時:2011年3月1日(火) open 17:30/start 18:00
場所:渋谷エッグマン
  http://eggman.jp/daytime/map/
〒150-0041東京都渋谷区神南1-6-8 B1 (TEL : 03-3496-1561)
料金:\3,000 (1 drink) (BBC会員は無料)
主催:株式会社リナックスカフェ

第一部は「落語」。柳家小ゑんによる落語と平川とのトークセッションをお届け
します。
第二部では「ブルース」をテーマに、そもそもブルースとは何か?アメリカ文化
におけるブルースの存在、歴史などを議論しつつ、BBC会員でもある大澤正典さ
ん率いるブルースマンの迫力ある実演と演奏をお楽しみいただきます。

■出演
柳家小ゑん/大澤正典/スパイダー・テツ/小野アイカ/もりきこ/他

■司会進行
平川克美/坂根秀和

17:30 受付開始
18:00 第一部 落語セッション
19:10 第二部 ブルースセッション
21:00終了予定
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お手数ですが、出欠のご連絡を下記までご連絡いただけますよう、
宜しくお願いいたします。

株式会社リナックスカフェ
久島なおみ
hisajima@linux-cafe.jp
メールで申し込んでください。
皆様のご来場、お待ちしております。
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1月 12th, 2011 | Tags:

来月、大阪で講演会と対談のセットがある。

2011年2月18日 大阪市中央公会堂小集会室。

ナカノシマ大学。 徐々に、血糖値が上がってきている。

演題は、このところ続いている『移行期的混乱』であるが、

対談のお相手は大阪の平松市長である。

わたしは、秋葉原において、千代田区と10年間ジョイントプロジェクトを

遂行してきたので、地方行政というものがどのような動き方をするのかについて

ある程度の土地勘はある。

官民協同、あるいは産官学協同というのは、十年前、地域活性化や産業再生の救世主的取り組みと目され、多いに喧伝された仕組みであった。

元来がお調子者であるわたしは、自分でもこのシステムにコミットしてみようということで、千代田区のコンペに応募し、リナックスカフェという官民協同で行う町おこしの業態が出現したわけである。

当初は、ビルの中に近隣の法政大学の情報学科ドクターコースが設けられ、

区の教育委員会との協同で、地域の子供と親のためのホームページ教室とか、子供のためのプログラミング教室などを行っている。

それらは、評判を呼び、確かに一定の評価を得たのだが、

結論的に言えば、官民協同あるいは、産官学協同は

出自も目論みも違うもの同士の同床異夢といったところで、

苦労が多い割には得るところが少なく、はかばかしい業績を残すことはできなかった。

何よりも、ほとんどの企画が打ち上げ花火的で、持続性がなく、

粘り強く続けて果実を得るというところまで成熟してゆかない。

官はその体質として減点主義であり、挑戦的、冒険的な試みに関しては

極めて保守的であり(できれば何もやりたくないといったところだ)、ベンチャーとはまさにその逆で何でも新しいものに挑戦してゆかなければ、投下資本を拡大回収できない。

それゆえ、一発逆転の賭博的な夢に有り金を投じたり、

十分な調査なしでフライングしたりしがちで、失敗も多いのである。

だが、官民にかかわらず、産産連携においても、協同というとことにある本当の問題はこういった出自や、目論みの違いからくる齟齬なのではなく、

お互いがお互いの自己利益のみを追求するということの意味をよく理解できていないことが問題なのだ。

利他的に振舞えばいい結果がでるということをいいたいのではない。

お互いがお互いの自己利益を追求するという自然の欲求を、どこかでWIN-WINといったごまかしでカムフラージュしていることに無自覚に事を進めていることが問題なのだ。

一つの市場の中では、一方の利益は必ず他方の損失を伴うことで実現される。

市場それ自体が拡大しているときは、より大きな利益と、より少ない利益と言い換えてもよいが、いづれにせよ競争的な関係にあることは変わりはない。

そしてもし、異なる供給者たちがWIN-WINの関係を築き得たとしても、その場合は顧客の損失の上にしか成立しない。

このゲームは、当事者の誰か一方が損をしていると感じたときに終焉する。

なぜなら、このゲームを続ける理由は得を取るという以外にないからである。

協同の難しさはここにある。

市場における商品交換やサービス交換の中では、三方一両得は原理的に在り得ないのだ。

もし、異なる供給者たちが良好な関係を保ったまま、一つのプロジェクトを持続的に行える可能性があるとすれば、それはかれらがそこから投下した資本や労働力と等価の利益を得るという思考を切り替えたときだけである。

つまり、それぞれが身銭を切ってでもこのプロジェクトを推進しようとしたときだけ、つまり三方一両損によってのみひとつの解決が図られる。

随分荒っぽい議論をしていることは十分承知の上だが、ポイントは、どんなプロジェクトもそれを身体を張って支えるという人間が現れない限りは成功に導くことはできないということである。

身体を張ってプロジェクトを支えるということに、どんな意味があるのだろうか。

それは、贈与にどんな意味があるのだろうかと問うても同じである。

そして、その答えはもし、贈与に対してどんな給付があたえられるのかというようにこの問いを読み替えている限りは絶対に見つからない。

その瞬間に贈与は贈与ではなく、等価交換に変化してしまうからである。

禅問答のように聞こえるとしたら、それは等価交換的な価値観に骨がらみになっているからである。

贈与は、それによってしか実現しないことがある。いや、ほとんどのことはそれによってしか実現しないのだということを知ることによってのみ理解できるものだろうと、わたしは思っているのである。

いや、つい演説をしてしまったが、

大阪市長との対談に臨むにあたって、移行期的混乱の中でいかに負債を少なくこれを切り抜けていくかについての基本的な立ち位置を確認しておこうと思って、記してみたのである。

同士諸君、大阪会場に結集せよ!(笑)

ナカノシマ大学、2月講座の申し込みのURLはこちらです。
http://www.nakanoshima-univ.com/seminar/1102/1102_university.html
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1月 5th, 2011 | Tags:

2011年あけましておめでとうございます。

昨年は、文字通り介護に明け、介護に暮れる一年だった。

最初は生活の激変に少しばかりとまどったが、一年も続けているとそれが日常になる。人間とはまことに順応性を内包した生き物で、炊事、洗濯、風呂掃除をしながら、秋葉原と新宿に出勤し、夜間寝る前に書き物をするというこれまでとはまったく違う日常が、以前から続いていたあたりまえの生活のように思えてくる。

三年前なら、土、日は昼過ぎまでごろごろ寝転んでおり、その前日は深夜まで遊びほうけていたのであるが、最近は土曜も、日曜も平日と同じように起き、同じように飯を作り、同じように洗濯物を取り込んだりしている。

当然のことながら、そのほうが生活にリズムが生まれ、体調がすぐれ、頭の回転もすこしはましになったような心持になるのである。介護は確かに物理的には負担だが、精神的には当たり前の家族の姿なのだと思えるようになってきている。それによって失うことはほとんどないが、得ることは思いのほか多いということがわかるだけでも収穫である。

ひとりでマンション暮らしをしていようが、一族郎党の大家族であろうが、男二人の暮らしだろうが、基本的には同じことであり、とりたてて問題にするようなことでもない。

昨日、ラジオデイズの収録で、内田くんと「イデオロギーと身体性」というテーマで話しをし、「明日のジョー」のメインテーマは、まさにこの「イデオロギーと身体性」であったねと頷きあい、ふたりで盛り上がった。詳細はウチダブログをご覧いただきたい。

http://blog.tatsuru.com/

実に鋭い指摘がなされている。

「俺の痛みがてめえらなんぞに分かってたまるかよ」という最強の啖呵をめぐって、実はここにある身体性とは生活実感の深みに横たわるそれではなく、虚構としての身体性なのだという一回ひねりの論が展開されている。

相容れぬイデオロギーを批判する場合、その方法は二つしかない。

ひとつは、相手のロジックが整合的であるかどうかということであり、もうひとつは、そのロジックをささえる根拠である身体性の強度がどれほどの深さを持っているかということである。この二つは本来的には別々の文脈を持っており、ロジックに対してはロジックで、身体性に対しては、身体性を対置させるかたちで批判されなければならないはずである。

身体性とは、経験、実感、現場感覚、現物というふうに言い換えてもよい。

ロジックとは、思想と言い換えてもよい。

しかし、多くの場合ロジックに対しての最終的な抗議は身体性を根拠にして行われる。

そして、ロジックがいつも身体性の前で敗北するのは、それがどれほど精緻に組み上げられても、そこに身体性が孕まれていなければ単なる言葉の遊びでしかないという批判に対するロジカルな弁明が不可能だからである。なぜなら、ロジックにはただそれが整合的であるという以外に根拠がないからだ。そして、ロジックを受け取る人間は、ロジカルな存在であるより前に、身体性そのものであり、身体に訴える言葉の前にはどのようなロジックも無力にならざるを得ないような存在だからだ。

かくしてあらゆる論争は、どちらの身体性がより深く、より強固なリアリティを持っているのかを争うというかたちになる。泥仕合。

わたし(たち)は、この泥仕合をいやというほど見せ付けられてきた。

戦時中の日本陸軍における覇権争いしかり、全共闘運動の党派闘争しかり、貧困問題や、沖縄問題を語るときの語り口にもそれは現れてくる。

そして、この泥仕合の勝者は最初から決まっている。それはより深く傷ついたものであり、より痛苦な辛酸を舐めてきたものであり、より多く虐げられてきたものである。

そして、ほとんどの場合、この泥仕合を行うのはその当事者ではなく、かれらの代理人なのである。しかし、どこまでいっても、かれらの代理人はかれらに代わってかれらの経験した痛苦の落とし前をつけることはできない。それができるのは、ただ当事者だけである。いや、たとえ当事者であったとしても、経験の重みとはすべて過去に属するものであり、その過去を根拠に自らの論拠の正当性を語るものは、すでに自らの代理人になるしかないのである。なぜなら、現在まさに悲惨の中にある人間にとって問題なのは、その悲惨を根拠に平安な場所にいる人間を批判することで自らの正当性を主張することではなく、ただその悲惨を抜け出すことだけだからである。

いや、ややこしくて申し訳ありません。

わたしが言いたいのはこういうことだ。身体性とは、どれほどの悲惨や、痛苦を経験してきたかという経験の差異のことではなく、それらの経験を現在の自分がどれだけ内面化できているかということの異名である。勘違いしてはいけないのだ。生活実感とか、、現物、現実とかいうことが価値をもつのは、それが特別で異常なものだからではなく、誰にでも起こりうる、当たり前で、ありふれた日常的な経験であるからであり、このあたりまえで日常的な経験を大切なことであり、なにごとかであると思えるということである。

そういうことを、わたしは還暦を過ぎて、はじめて経験する介護生活の中で学んでいるのである。

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