
クリスマス。キリスト教徒が祝うイエス・キリストの降誕祭を、世界で最もキリスト教徒の人口比率が少ないレベルと言われる日本で盛大に祝っています。たとえ教会へ行かなくてもおかまいなく、街でも家庭でも祝っています。これは現代世界では珍しい八百万の神、多神教的な宗教観によるものです。日本人には唯一絶対神を崇拝する宗教の神を、阿弥陀様や観音様、帝釈天や天照大神、天神様と同列に並べて何の違和感もないのです。たいへんおめでたい、真の世界平和をもたらすことができる宗教観であります。しかし、日本人がこぞってユダヤ教やイスラムの祭日を祝うという話は聞きません。何故でしょうか?
それはキリスト教とクリスマスに、ある秘密が隠されているからなのです。
第一の疑問、キリスト教は一神教であるという前提です。これはその源流であるユダヤ教から受け継いだ大前提です。しかし、これはすぐに破綻(悪い意味ではありませんよ)します。
イエスが神の子であり神である、とした途端に世界に神が二人存在することになるからです。初期キリスト教の一派で後に異端とされたものの中にはそうした教義を持つものもあったようです。
イエスの母であるマリア様も後に神格化されましたし、このイエスの洗礼に当たって聖水を注いだ天使たちだって神からつかわされた人ではない何ものかであり、イエスの弟子たちも後に神格化されて聖人となり、崇敬の対象とされています。聖人は仏教で言えば菩薩にそのまま当てはまります。これって、当然一神教ではありえないわけで、同じ唯一絶対神を信仰する同根の親戚関係にありながら、ユダヤ教や後のイスラムとの対立原因となっています。
もちろん皆さんご存じのようにキリストの弟子たちは、この矛盾を一挙に解決したのです。そう以前にもお話しした三位一体ですね。父と子と聖霊とを一体とみるあれです。父なる神とその子イエス、沢山登場する天使や聖人たちを聖霊として、すべてを唯一絶対神の現れであるとするものです。聖人は神ではないと言う人もおりますが、ローマカトリックの国ですら崇拝対象とされているのですから、神の化身と考えても間違いではありません。
もちろんこれは彼らの発明ではなく、すべては大日如来(法身仏)の現れであり、阿弥陀如来や観音菩薩などを報身仏、人でもあったお釈迦様を応身仏とする、三身一体の思想と同じもの、ヨーロッパ人の源流であるインド・アーリア語族の神話世界に一般的な宗教観でありました。直接的にはローマ帝国の国教であるミトラ教とローマ神話、その元はペルシャのゾロアスター教などにみられる、多神教的世界に三角形という安定的な構造をもたらすアイデアなのでした。
この三位一体の教義を確立することによって、一神教であるキリスト教がローマ帝国という多神教世界に浸透していき、やがてその国教となって世界宗教へと発展していくことになるのです。自由な考え方の好きなローマ人がキリスト教に馴染んだのは、唯一絶対神を重んじる教えに惹かれたのではけしてなく、三位一体の多面神への信仰に慣れていたからだと言うことができます。そしてその過程において、当然の流れとして多神教ヨーロッパの神々やその祭日を取り込み体系化していくのですが、その大きな祭日のひとつに本日のタイトルであるイエス・キリストの生誕日クリスマスがあるのですよ。
クリスマスの秘密。それは実は、イエス様の誕生日ではないのです。新約聖書にイエスの誕生日の記載はありません。では、何故12月25日なのか?
それは前述のローマ国教であったミトラ(ミスラともミトラスとも呼び、仏教の弥勒菩薩とも関連)教の主神、神話上の太陽神ヘリオスやアポロンとも密接な関係のある帝国の守護神ミトラの、まさに誕生日とされる日なのです。因みにローマカトリックの大本山があるバチカンの丘は、ミトラ神を祀る洞窟神殿のあった場所であり、法王をパパと呼ぶのは、ミトラ教の最高祭司の称号パテル・パトラムPater Patrumに由来し、マリア信仰は古代オリエントやケルトなど多神教世界の地母神や女神信仰が置き換わったものなのです。
また、クリスマスは緯度の高いヨーロッパで古代から行われてきた冬至の祭りでもありました。それは一年で最も昼が短く夜が長い日であり、この日を境に昼が長くなっていくことから、新しい生命と太陽と男性豊饒神の誕生日という意味も併せ持っていました。異教の祭りを活用して民衆の支持を得たいというイエスの後代の使徒たちの明確な意志がそこにはありました。救世主イエスの誕生日がまさにこの時期以外には考えられないことがお分かりだと思います。
考えてみればモミの木に多くの星々や色とりどりの玉を飾るクリスマスツリーは明らかに異教的であり、三位一体という教義を取らなければあってはならないものです。かつて魔女狩りが行われた血塗られた暗黒の時代、カトリックの司祭たちはツリーを飾ることを禁じようとしました。ツリーの頂上に輝く大きな星は不動の北極星としての神が大木に降臨したもの、梢に輝く無数の小さな星や玉たちはツリーに集まった精霊たちなのですから、これはヨーロッパの森に育まれた自然崇拝の多神教以外の何ものでもない精霊祭りのシンボルなのですから当然の所業でしょう。
20世紀のはじめヨーロッパの教育学者であり、神智学者であったルドルフ・シュタイナーは、イエス様をお釈迦様の生まれ変わりだと考えました。キリスト教誕生からイスラムが覇権を確立するまでの間に西アジアに広がっていたマニ教は、ペルシャのゾロアスター教を中心に西の果てパレスチナのキリスト教と東の果てインドの仏教を習合した世界宗教を目指しました。当時は地中海沿岸のトルコやパレスチナから西北インドまでペルシャ帝国の領域でしたから不思議なことではありません。マニ教は一時ローマ帝国にも信者を広げていました。その野望は結局砂漠の中に潰えてしまいましたが、混迷する21世紀初頭の現代こそ、洋の東西を問わず人の心に巣くう病魔から世界の人々を救済する宗教世界の融合と共存体制の確立が求められている時代はないのではありませんか? 宗教宗派の枠を超えて世界の人々が手をつないでいく、新しい生命と太陽と人類の豊饒神の誕生日というのが、クリスマスの真の意味だと、拙僧は考えます。
Merry X’mas!
生きとし生けるものが幸せでありますように!
合掌 観学院称徳
(2006年12月23日、2007年12月24日再録加筆)
ご参考
煌めく光りのツリー~銀座散歩 2008年12月21日掲載
http://www.radiodays.jp/blog/ito/2008/12/21/
『三位一体』『対称性人類学』を読む 2006年12月09日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200612090000/
真実の友情は慈しみから~弥勒菩薩 2005年07月13日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200507130000/
スーパースター阿弥陀様 2005年08月28日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200508280000/
阿弥陀如来の秘密!? 2005年08月29日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200508290000/
最近の読書傾向と前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の偉大さ発見 2005年04月22日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200504220001/
「神の名において殺すな」 ローマ法王の遺言 2005年04月05日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200504050000/