ご無沙汰してます

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テロとの戦い~ウサマ・ビンラディン殺害に思うこと

たいへんご無沙汰しています。東日本大震災では、多くの方々が突然生活を奪われ、命を亡くしました。このことについて、いまだに拙僧は言葉を見い出すことができません。ただ自分にできる小さな小さなことを日々積み重ねていくしかないのでしょう。

震災に対する米軍の「友達作戦」が、私たちに連帯する人類愛の素晴らしさを気づかせてくれましたが、
米国に抵抗した最後の先住民の名を冠したという今回の「ジェロニモ作戦」には素直に喜びを共有することができません。

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その時、ホワイトハウスではオバマ大統領、クリントン国務長官はじめ首脳たちは、ウサマ・ビンラディン襲撃のライブ映像を見ていたのだという。女性や息子と共にウサマ・ビンラディンが殺害された瞬間、彼らは雄叫びをあげた。
オバマ大統領は「テロに対する正義の勝利」と発表、全米は深夜にもかかわらず歓喜の渦に包まれた。
一方、サウジアラビアなどイスラム諸国では、英雄の死を悼み復讐を誓う人々が街に繰り出したという。
罪のない人々を巻き込むテロを悪だと考えるのは正しいことだ。しかし正義とは何なのか?
テロが何故やむことなく続くのか。。。
中東問題の専門家は「アルカイダは、もはや組織というよりイデオロギーであり運動であって、一人の指導者の死によってテロが止まるものではない」と言った。

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「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、怨みのやむことはない。
怨みを捨ててこそやむ。これは永遠の真理である。」(ダンマパダ 第五番)

お釈迦様が2500年以上前に説いた言葉の意味が、一神教的な価値観の人々の心に届く日が来ることを祈るしかないのでしょうか。。。

 

 

クリスマスの秘密(再録)

クリスマス。キリスト教徒が祝うイエス・キリストの降誕祭を、世界で最もキリスト教徒の人口比率が少ないレベルと言われる日本で盛大に祝っています。たとえ教会へ行かなくてもおかまいなく、街でも家庭でも祝っています。これは現代世界では珍しい八百万の神、多神教的な宗教観によるものです。日本人には唯一絶対神を崇拝する宗教の神を、阿弥陀様や観音様、帝釈天や天照大神、天神様と同列に並べて何の違和感もないのです。たいへんおめでたい、真の世界平和をもたらすことができる宗教観であります。しかし、日本人がこぞってユダヤ教やイスラムの祭日を祝うという話は聞きません。何故でしょうか?

それはキリスト教とクリスマスに、ある秘密が隠されているからなのです。

第一の疑問、キリスト教は一神教であるという前提です。これはその源流であるユダヤ教から受け継いだ大前提です。しかし、これはすぐに破綻(悪い意味ではありませんよ)します。
イエスが神の子であり神である、とした途端に世界に神が二人存在することになるからです。初期キリスト教の一派で後に異端とされたものの中にはそうした教義を持つものもあったようです。
イエスの母であるマリア様も後に神格化されましたし、このイエスの洗礼に当たって聖水を注いだ天使たちだって神からつかわされた人ではない何ものかであり、イエスの弟子たちも後に神格化されて聖人となり、崇敬の対象とされています。聖人は仏教で言えば菩薩にそのまま当てはまります。これって、当然一神教ではありえないわけで、同じ唯一絶対神を信仰する同根の親戚関係にありながら、ユダヤ教や後のイスラムとの対立原因となっています。

もちろん皆さんご存じのようにキリストの弟子たちは、この矛盾を一挙に解決したのです。そう以前にもお話しした三位一体ですね。父と子と聖霊とを一体とみるあれです。父なる神とその子イエス、沢山登場する天使や聖人たちを聖霊として、すべてを唯一絶対神の現れであるとするものです。聖人は神ではないと言う人もおりますが、ローマカトリックの国ですら崇拝対象とされているのですから、神の化身と考えても間違いではありません。

もちろんこれは彼らの発明ではなく、すべては大日如来(法身仏)の現れであり、阿弥陀如来や観音菩薩などを報身仏、人でもあったお釈迦様を応身仏とする、三身一体の思想と同じもの、ヨーロッパ人の源流であるインド・アーリア語族の神話世界に一般的な宗教観でありました。直接的にはローマ帝国の国教であるミトラ教とローマ神話、その元はペルシャのゾロアスター教などにみられる、多神教的世界に三角形という安定的な構造をもたらすアイデアなのでした。

この三位一体の教義を確立することによって、一神教であるキリスト教がローマ帝国という多神教世界に浸透していき、やがてその国教となって世界宗教へと発展していくことになるのです。自由な考え方の好きなローマ人がキリスト教に馴染んだのは、唯一絶対神を重んじる教えに惹かれたのではけしてなく、三位一体の多面神への信仰に慣れていたからだと言うことができます。そしてその過程において、当然の流れとして多神教ヨーロッパの神々やその祭日を取り込み体系化していくのですが、その大きな祭日のひとつに本日のタイトルであるイエス・キリストの生誕日クリスマスがあるのですよ。

クリスマスの秘密。それは実は、イエス様の誕生日ではないのです。新約聖書にイエスの誕生日の記載はありません。では、何故12月25日なのか?
それは前述のローマ国教であったミトラ(ミスラともミトラスとも呼び、仏教の弥勒菩薩とも関連)教の主神、神話上の太陽神ヘリオスやアポロンとも密接な関係のある帝国の守護神ミトラの、まさに誕生日とされる日なのです。因みにローマカトリックの大本山があるバチカンの丘は、ミトラ神を祀る洞窟神殿のあった場所であり、法王をパパと呼ぶのは、ミトラ教の最高祭司の称号パテル・パトラムPater Patrumに由来し、マリア信仰は古代オリエントやケルトなど多神教世界の地母神や女神信仰が置き換わったものなのです。

また、クリスマスは緯度の高いヨーロッパで古代から行われてきた冬至の祭りでもありました。それは一年で最も昼が短く夜が長い日であり、この日を境に昼が長くなっていくことから、新しい生命と太陽と男性豊饒神の誕生日という意味も併せ持っていました。異教の祭りを活用して民衆の支持を得たいというイエスの後代の使徒たちの明確な意志がそこにはありました。救世主イエスの誕生日がまさにこの時期以外には考えられないことがお分かりだと思います。

考えてみればモミの木に多くの星々や色とりどりの玉を飾るクリスマスツリーは明らかに異教的であり、三位一体という教義を取らなければあってはならないものです。かつて魔女狩りが行われた血塗られた暗黒の時代、カトリックの司祭たちはツリーを飾ることを禁じようとしました。ツリーの頂上に輝く大きな星は不動の北極星としての神が大木に降臨したもの、梢に輝く無数の小さな星や玉たちはツリーに集まった精霊たちなのですから、これはヨーロッパの森に育まれた自然崇拝の多神教以外の何ものでもない精霊祭りのシンボルなのですから当然の所業でしょう。

20世紀のはじめヨーロッパの教育学者であり、神智学者であったルドルフ・シュタイナーは、イエス様をお釈迦様の生まれ変わりだと考えました。キリスト教誕生からイスラムが覇権を確立するまでの間に西アジアに広がっていたマニ教は、ペルシャのゾロアスター教を中心に西の果てパレスチナのキリスト教と東の果てインドの仏教を習合した世界宗教を目指しました。当時は地中海沿岸のトルコやパレスチナから西北インドまでペルシャ帝国の領域でしたから不思議なことではありません。マニ教は一時ローマ帝国にも信者を広げていました。その野望は結局砂漠の中に潰えてしまいましたが、混迷する21世紀初頭の現代こそ、洋の東西を問わず人の心に巣くう病魔から世界の人々を救済する宗教世界の融合と共存体制の確立が求められている時代はないのではありませんか? 宗教宗派の枠を超えて世界の人々が手をつないでいく、新しい生命と太陽と人類の豊饒神の誕生日というのが、クリスマスの真の意味だと、拙僧は考えます。

Merry X’mas!

生きとし生けるものが幸せでありますように!

合掌 観学院称徳

(2006年12月23日、2007年12月24日再録加筆)

ご参考

煌めく光りのツリー~銀座散歩 2008年12月21日掲載
http://www.radiodays.jp/blog/ito/2008/12/21/

『三位一体』『対称性人類学』を読む 2006年12月09日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200612090000/

真実の友情は慈しみから~弥勒菩薩 2005年07月13日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200507130000/

スーパースター阿弥陀様 2005年08月28日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200508280000/

阿弥陀如来の秘密!? 2005年08月29日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200508290000/

最近の読書傾向と前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の偉大さ発見 2005年04月22日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200504220001/

「神の名において殺すな」 ローマ法王の遺言 2005年04月05日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200504050000/

 

釈徹宗師に訊く、日本的宗教観と現代社会の諸相

声と語りのダウンロードサイト・ラジオデイズで新シリーズが始まりました。

『釈 徹宗の、たぶん月刊「仏教噺」』

拙僧が恥ずかしながら聴き手をつとめております。

「あなたの宗教は?」と問われたとき、「無宗教」と答える、現代の日本人はその傾向が特に強いように思われます。しかしながら、スピリチュアルや占いなど、自己を超越する何かを信じたり依存する人々もまた、たいへん多いようです。 お正月は神社仏閣に初詣をし、春には天神様に合格を願い、お彼岸には墓参りを、田植えの時季には豊作を祈願し、夏には盆踊りを楽しみ祖先を迎え、秋には収穫に感謝の秋祭り、ハロウィンやクリスマスまで祝います。どうみても信仰心の厚い国民性?だと思いませんか?

現代社会の状況をみれば、人々はオフィシャルな場で信仰心や宗教観などに全く触れることなく過ごしています。その矛盾が、誰もが心にすきま風を感じ、心を病む人が増え続けるという状況を生んでいる、一つの原因ではないかと思います。 当然、心理学や医学、社会学の世界はもちろん、経済や政治の世界などでも、心の健康の問題に取り組まざるを得なくなっていますが、いまだ効果的な解決策を見いだせないでいます。

しかし、人類の誕生以来、この問題と向き合ってきた叡智があります。それは素朴な信仰や発展した宗教です。現代人にとっての不幸は、まさにこの信仰や宗教と距離を置いた合理的な精神を重んじる近代化とともに深まり、もはや耐え難い状況に追い込まれているということなのではないでしょうか?

今回が創刊号となる、釈 徹宗のたぶん月刊 「仏教噺」では、特定の宗教や宗派に囚われず、わたしたち日本人が伝統的に培ってきた大らかでやさしい、信仰心や宗教観について、比較宗教や宗教思想がご専門の兵庫大学生涯福祉学部教授で、浄土真宗本願寺派・如来寺住職の釈 徹宗さんに、お話しを伺っていきたいと思います。 *今回は、『ゼロからの宗教の授業』(釈 徹宗・著 東京書籍・発行)を底本として、お話しを進めていただきました。

『釈 徹宗の、たぶん月刊「仏教噺」創刊号(全巻セット)』はこちら
【試聴、購入はこちら】http://www.radiodays.jp/item_set/show/323

釈徹宗師は、ラジオ番組「ラジオの街で逢いましょう」にも出演されています。

【詳しくはこちら】http://www.radiodays.jp/item/show/200342

では、また!

 

華麗なるしだれ桜や輝けり  博琳乎

東京 駒込 六義園のしだれ桜が七分咲き。彼岸桜系ということで染井吉野よりちょっとお先に華麗な姿を見せています。

しだれ桜 七分咲き

しだれ桜 七分咲き

桜の下に諸人集い

桜の下に諸人集い

 

桜咲く

気象庁、東京の染井吉野の開花宣言!

東京西郊にある小金井公園の桜もほんの少しだけ咲き初めています。

咲き初めの染井吉野

咲き初めの染井吉野

咲き初めの染井吉野

咲き初めの染井吉野

寒緋桜は満開!陽光という品種の桜も満開です。

満開の寒緋桜

満開の寒緋桜

その名も陽光

その名も陽光

 

古今亭菊之丞登場!オリンパスモビープレゼンツ・第7回フジテレビ目玉名人会

如月の落語会から

ラジオデイズ如月の落語会は「オリンパスモビープレゼンツ・第7回フジテレビ目玉名人会。フジテレビとの共催による初めての試みに、お台場の同社マルチシアターには熱心な落語ファンが大集合!満員御礼の大入り袋がお客様も含め全員に配られました。

本日の主役は、古今亭菊之丞師匠。若手ながら艶っぽさに磨きがかかってきた落語界の有望株。ゲストは、三味線漫談の三遊亭小円歌姉さん。艶っぽさとメリハリの利いた芸が同居する江戸前が楽しみです。

開口一番は、入船亭扇辰門下の辰じんさん。ネタは「狸札」。扇辰師匠譲りの本寸法の芸で、やや緊張気味の客席を和ませてくれました

たっぷり、じっくり落語を楽しむのが、目玉名人会のテーマ。フジポッドお台場寄席のナビゲーターご存知塚越アナと美しい高木広子アナのご挨拶、客席は期待ではち切れそう。

初っぱなから真打ち登場・菊之丞師匠。オリンピックの実況中継からヒントを得たマクラ(?お楽しみ)をふった後、ネタは「浮世床」。床屋に巣くう町内の若い衆たちを見事に演じ分けて笑いをとりました。

続いて三遊亭小円歌姉さんが登場、粋な声と三味線でお客を魅了した後、今は亡き昭和の名人たちの出囃子を披露して、落語ファンには何とも嬉しいコンテンツが録れましたよ。

さて、目玉名人会もう一つのお楽しみは、落語家の芸談が聴ける鼎談コーナー。塚越アナの絶妙な質問に、菊之丞師匠も乗せられて他では聴けない?話に花が咲きました。

仲入りの後、菊之丞師匠が再登場。古今亭のお家芸、志ん橋師匠から受け継いだ「井戸の茶碗」でトリをつとめます。人情噺の代表格とも言えるこの噺、ともすれば肩に力が入りお涙頂戴となるところ、菊之丞師匠は軽やかに演じてほろりと涙、爽やかな後味を残してくれました。満場の大拍手、家路につくお客様たちには大満足の笑顔が溢れておりました。

いやー、古典落語って、いいですねえ。

 

寒緋桜の輝き

寒緋桜

寒緋桜

満開の緋桜ひかり鳥の声

そのまんまや博琳乎

 

早春の便り

咲き初めの紅梅

咲き初めの紅梅に陽の光

蝋梅の輝くように咲き

蝋梅の輝くように咲き

蒼空に梅の香りや朝の道

蒼空に梅の香りや朝の道

風寒し 仏輝く 梅の花

風寒し仏輝く梅の花

寒桜鳥の声にも春来る

寒桜鳥の声にも春来る

惰咲亭博琳乎

 

2010年新春は鉄博寄席から~小ゑん・遊雀・駒次

お正月の落語会から

2010年新春、ラジオデイズの落語会は鉄道オタク、失礼鉄道ファンのメッカ鉄道博物館から始まりました。鉄道博物館とラジオデイズ共催による新企画でその名も「鉄博寄席」、ディープな鉄男と鉄女、そして新しもの好きの落語ファンが大集合です。
出演は、東京落語界きっての鉄っちゃん三人衆、柳家小ゑん、三遊亭遊雀、古今亭駒次。否が応にも期待が高まります。
駒次さんが持ち込んできたローカル鉄道会社の社歌を集めたCDをネタにしたオープニングトークに続いて、その駒次さんがトップを務めます。ネタはその筋の方々にはご存知『戦国鉄道絵巻』江戸東京を舞台にJR連合と私鉄連合の合戦の幕開きです。時々刻々変化する戦況に手に汗握る新作落語の傑作が誕生しましたよ。
続いて登場は遊雀師匠、たっぷりと鉄博に因んだマクラを振った後、お得意の『反対俥』。汽車の時間に間に合わそうと人力俥に乗った男、走るに走らない病人の俥屋から乗り換えたが、韋駄天どころか言語を絶する走り屋だった。。。いつもながらデフォルメされた人物描写で爆笑をとる遊雀師匠、歴史的な名録音が録れましたよ。
トリはもちりん、オタクと言えばこの人の前に出る者はない小ゑん師匠、鉄博で演じることができる栄誉に涙にむせびつつ?登場です。ネタは今日の日のために産み育ててきた十八番の『鉄の男~鉄博バージョン』。オタク噺の原点と言っても過言でない自作の名作です。鉄道に命をかけ、人生そのものとなった男たち、鉄道のある風景をもあるべき美しさに代えてしまうという壮大な物語に大拍手。
いやー、落語ってほんとうにオモシロイ! 幸せな気分のうちに鉄道博物館の日は暮れました。