サザンカ咲く
Posted in 下手のよこづき写真句集 on 11/29/2006 01:58 pm by ito
咲き初めの山茶花ひとり麗しき
博琳乎
寒くなると手も冷たくなります。
手が冷たくなると、心も寂しく辛い記憶が呼び起こされ、
やりきれない思いにとらわれそうになることもあるでしょう。
そんなとき心を落ちつかせて、
胸の前で手を合わせてみましょう。
蓮華合掌。蓮の花の蕾をイメージして、
合わせた手のひらの間にまあるい空間をつくり、
中指と中指の間だけ少し隙間を空けるのです。
蕾が今にも開こうとしているかのように。
目を閉じ頭を下げて、静かに息を吹きかけます。
ゆっくり、ゆっくり、息を吐いていきすべて吐ききります。
吐ききれば新しい空気があなたの体に入ってきます。
また、静かにゆったりと息を合掌した手に吹きかけていきます。
何度かくり返すうちに、合わせた手の中には暖かい何かが満ちてくるでしょう。
この何かが、あなたの心も暖めてくれるはずです。
あなたの心に暖かい何かが現れますように!
合掌 観学院称徳
昨日は午後時間を空けて上野へ。二日連続でした。一昨日勤労感謝の祝日のため満員となり入場制限されていて観ることができなかった、東京国立博物館の特別展「仏像~一木にこめられた祈り」に行きました。先日、農工大出身理科系落語家の柳家ろべえさんが「あれはいいですよ」と話していたのを真に受けてのことです。「噺家の言うことを信じちゃいけません」とは、ろべえさんの師匠である柳家喜多八師匠の言葉ですが、仏像と聞いて見に行かないわけにはいかないのが、仏弟子のサガですかね。もっともこの特別展、駅貼りポスターや電車の中吊り広告には気付いていたのですが、仏像はお寺にあって祈りの対象として拝むものであって、美術品としてだけの価値を見ようというのは、どうも気が引けていたのでした。
この日はすんなり入場。しかし、展示室はどこも満員で、熟年のおじさん、おばさんたちで溢れていました。ゆっくりゆったり仏様と対面することができません。それでも何とか合掌しながら、威厳に満ちた奈良・平安時代の仏像から江戸時代の円空と木喰の素朴であたたかい一木づくりの仏像まで、140体以上の木製仏像に対面することができました。お線香の香りも蝋燭の光もなく、スポットライトを浴びて佇んでいる仏様たちは、それでも健気に精一杯人々の心にあたたかい何かを伝えようとしていました。特に技術的には稚拙でも一木の中から仏を彫りだした江戸時代の円空と木喰の仏像たちはみんな実にいい笑顔をしていました。見る者の顔にも思わず笑みがこぼれ、心にもあったかい慈悲の心が芽生えてくるようです。
仏像展の会場である平成館を満ち足りた気持ちで出た拙僧は、同じ敷地内にある法隆寺宝物館に向かいました。こちらにも奈良法隆寺から皇室に献納された7~8世紀の仏像が沢山いらっしゃいます。そのほとんどが重要文化財や国宝なのですが、こちらに熟年のおじさん、おばさんはほとんど来ていません。知らないのでしょうか?ここまで来たのにもったいないことです。お陰で人影もまばら、仏様たちとゆっくりゆったり対面できました。
外に出るとすっかり暮れなずみ、空にはくっきりと三日月が輝いておりました。
拙僧は足早に上野の山を駆け下り、上野広小路の鈴本演芸場に向かいました。今月下席の夜席は天才柳家喬太郎師匠がトリを務めます。とはいえ人気者、お休み代演ということもありますので、入り口で確認してから入りました。TVには出ないので知る人ぞ知るというニッチスター、鈴本は満員御礼にはなりません。残念なことですねえ。
それでも大拍手を浴びて最後に登場した喬太郎師匠。最前列に子供が二人いるのを目ざとく発見。マクラから全国各地に呼ばれていくという学校寄席の話題です。いつものエロチカ路線からすんなり子供向きの噺にスイッチできる、これが天才の天才足る由縁です。
しかも噺の主人公は、何とクラゲの子!?です。お母さんクラゲをはじめ、アナゴ、イカ、タコ、平目、カレイなど海の仲間と幸せに暮らしています。落語の長い歴史の中で、クラゲの子が主人公になることなどあったでしょうか? あるはずもないですねえ。子供にも分かりやすく形態模写でこれらの魚たちを演じていきます。母クラゲの仕草は、喬太郎の師匠さん喬さんが高座でやる肩を急に上げる仕草から教わったと笑わせます。がらっと場面が変わって、遠足に向かう小学生たちを乗せたバスが、海岸縁の道を走っています。車内の楽しい風景が演じられていきます。誰にでも記憶の彼方にある楽しい思い出。遠足バスの車内。どんな荒唐無稽な噺でも、ちょっとほんのりノスタルジーが、喬太郎ワールドの魅力です。
海中で仲間達と泳いでいたクラゲの子。突然大波に巻き込まれ、海岸縁の道の水たまりに置き去りにされてしまいます。さあ、たいへん!どうなる? 場面はまたバスの車内に戻ります。乗り物酔いで、いや実は昨晩親父に付き合って二日酔いという生意気なガキ大将が、気分直しにミカンを食べその皮を車窓から捨ててしまいます。そのミカンの皮は宙を舞い、水たまりに落ちます。ここで初めてリアルタイムに、パラレルに進行してきた二つの場面が一体となるのです。いい映画のカットバックのようですね。ひとりぼっちで寂しかったクラゲの子、ミカンの皮が逆さに落ちてきたのを見て、母クラゲが助けに来てくれたと勘違いしてすり寄ります。
友だちが先生にご注進、「窓の外にゴミを捨ててはだめだ!」とバスは止まり、先生は皮を拾いに水たまりに近づき、手を伸ばします。と、そのとき、母クラゲが危ないと思った子クラゲがパワー全開、電気を流して、先生を感電させるのでした。そう、このクラゲの母子、実は電気クラゲだったのだと明かされます。その後、海亀に助けられた子クラゲは母クラゲや仲間の待つ海に戻ることができ、そこで母と思ったミカンの皮を助けるために初めて電気を発して守ったことが伝えられます。ちょっと見ない間に一人前に強くなったと喜ぶ母クラゲ。荒唐無稽な噺はなんとも心温まる母子ものの人情噺に変貌したのでした。チャンチャン。
単なる子供向けの童話に終わらず熟年ファンたちも納得満足させる力量を、喬太郎師匠は持っています。その新作は多分に即興的に生まれ育っていくのです。恐るべし! しかも偉そうなところは微塵もなく、あくまで芸人としての分を保っています。アホ顔は笑いの勲章。イヤー、恐れ入谷の鬼子母神ですなあ。
当然のことながら追い出し太鼓に送られて鈴本を出た後も興奮冷めやらず、御徒町駅近くの寿司屋で熱燗を飲みながら、寄席でばったり出会ったカフェヒラカワ店主と熱い会話を楽しんだのでした。
今日も幸せに感謝! 合掌 観学院称徳
「戒めを守る人は、自ら制するために、多くの友を得る。
しかるに戒めを犯す人は、悪事を行って、多くの友から疎んじられる。
戒めを犯す人は、悪評と不名誉とを得る。
戒めを守る人は、つねに名声と名誉と称讃とを得る。」
(『仏弟子の告白 ~テーラガーター~』第610,611偈 中村元訳 岩波文庫刊)
人と人との関係で一番大切なものはなんでしょうか?
人の社会で何事にも成功し幸せになるために一番前提になることは何でしょうか?
それは信用ですね。人から信用されることです。
信用されて初めて愛も芽生え、ビジネスも成功するのです。
そのためには、基本的な戒めを守りましょうという教えです。
お互い日々自省しつつ、戒めを守って生きましょう!
他人のためではなく、自らのために。
いつも戒めを守って生きられますように!
合掌 観学院称徳
ご参考に
信(まこと)は最高の財 2005年10月08日掲載
http://plaza.rakuten.co.jp/epub777/diary/200510080000/
戒めとは? 2006年06月06日掲載分の再掲
戒めとは、集団や社会における守らねばならない規範、律(=法律)とは異なります。
官憲や他人に監視され、守らされるというものではありません。
自らが守ろう、守り通そうと誓って実践する生活目標です。
だからこそ、大切なのです。
お釈迦様の四つの戒(四重戒)
一、不殺生 (むやみに生きものを殺してはならない)
原語ではアヒムサー=無障害、
他の生きものに対して無害であること。
二、不偸盗 (ふちゅうとう:他人のものを盗んではならない)
三、不邪淫 (よこしまな関係をもってはならない)
四、不妄語 (嘘をついてはならない)
ほんとは、これに不飲酒(お酒を飲んではいけない)があり、五戒となりますが、
お酒が美味しく百薬の長とされた中国、日本では、飲み過ぎてはいけないとなって外れ、
(拙僧は命拾い?)
僧侶の十善戒では、この四つに以下の六つが加えられています。
五、不綺語 (不毛な論争をしてはならない)
六、不悪口 (悪口を言ってはならない)
七、不両舌 (二枚舌を使ってはならない)
八、不慳貪 (貪欲になってはならない)
九、不瞋恚 (怒りや嫉みをもってはならない)
十、不邪見 (間違った見解、世界観を持ってはならない)
どれも簡単で分かりやすい戒めではありますが、
生活の中で守り通すのはやはり難しく、
これを守ることそのものが修行とされる由縁です。
戒を守ることによって、自然と善い生活習慣が身に付き、心身が健康になり、
人に慕われる徳が備わってくるということです。
心身が健康であってこそ、正しい精神集中(瞑想、禅定)の修行ができます。
心身が健康であれば、慈悲の心は自然と芽生えてくるのです。
戒めを保ち心身が健やかでありますように!
合掌 観学院称徳
「悪をやめ、悪を離れ、飲酒をつつしみ、
徳行をゆるがせにしないこと、
~これがこよなき幸せである。」
(『ブッダのことば ~スッタニパータ~』第264偈 中村元訳 岩波文庫刊)
人は誰でも悪に染まる。
ふと気がつくと悪魔のささやきに惑わされるているものです。
しかし、そこで思いとどまり、日々反省し、悪を捨てて、生きなさいという、
お釈迦様のことばです。
そして善いこと、徳のある行いを小さなことでも馬鹿にせず、
日々積み重ねて行くことが大切であり、
そこから心安らかな幸せが生まれる、という教えですよ。
拙僧には、「飲酒をつつしみ」ということばがズシッと来ますが、
これも健康をお気遣いくださる仏の御心だと素直に受け取り節制したいと思います。
何?思うだけかって?
南無仏陀 合掌観学院称徳
季節は晩秋から初冬へと移り変わってきましたが、
紅葉の記憶が私たち日本人の脳裏から消えることはありません。
季節感のある真の「美しい日本」を後世に残していきたいものですね。
日の本の散りゆく紅葉美しき
博琳乎
東京の中央線三鷹駅近く、南口の中央商店街を南下して徒歩5、6分のところに大人の癒し空間があります。その名を文鳥舎といい、ちょっと怪しげな?階段を降りた地下一階の小さなお店です。レトロ調の内装のお店はほの暗く、壁には本棚があって新旧の趣味のいい本が並んでいます。誰かの書斎のようでもあります。昼間は喫茶店、夜は文化的な講座を開いている寺子屋、その後はバーになります。拙僧は、その寺子屋で開かれている柳家喜多八師匠の噺の教室に通っているのですが、本日はそれとは別のイベント「喜多八独壇場」を聴きにきたのでした。
小さなお店にぎっちり満員の30名ほどが肩寄せあって落語を聴き、その後はお酒を飲みながら師匠と一緒に懇親会でした。しかも本日は師匠が開演時間を勘違いして遅れたとのことで、何と観客全員に師匠のオリジナル手ぬぐいをいただき一同幸せな得した気分での始まりでした。
前座は、この度二ツ目に昇進したばかりという、可愛い柳亭こみちさんが務めました。
演目は「宮戸川」。質屋の若旦那半七は将棋に凝って遅くなり親父に閉め出しをくってしまう。すると近所の幼なじみお花もカルタとりに夢中になって母親に閉め出され困っていた。半七がおじさんのところに泊まりに行くと、行く宛のないお花も付いてきてしまう。飲み込みの早いおじさんは、二人が恋仲だと早合点して二階へ上げて、はしご段を外してしまう。ふとんは一つしかない。二人は同じ布団で寝ることになるが。。。
今日は宮戸川の前半部分を演じたこみちさんは、さすがに女性、普通は半七中心に描かれるがお花の描写も上手いです。二ツ目になったばかりとは思えない。
次の喜多八師匠の後にも予定にない珍しい演目を演じました。蚤の子の仇討ちの噺です。拙僧は記憶にあるようなないような、喜多八師匠もかつて三遊亭吉窓師匠がやったのを聴いたことがあるだけだという珍しい噺です。幇間の一八の家に蚤の母子が住んでいる。一八は踊りの師匠にカッポレを習っていて蚤の子もそれを見ていると、母蚤に実は一八が父の仇だと教えられ、仇討ちをしようと一八に取り付く。一八はお座敷に出るとかゆくなり、蚤の子を見つけてしまう。殺そうとする一八に命乞いする蚤の子、酒を飲んでカッポレを踊って逃げてしまう。一八「あ、ノミ逃げされた」が落ちでした。高座の座布団の上で膝立ちでカッポレを踊るこみちさんは実に達者で大きく見えました。実際にはとても小さな人でした。女性の噺家は修行をしているうちに歳をとってしまうとマクラでは話していましたが、いえいえまだまだ若いですよ。ところで、どなたか、蚤の仇討ちのほんとうの演題を知りませんか?
さてお待ちかね喜多八師匠の今日の噺は「棒だら」と「粗忽の釘」の二題。「棒だら」は料理屋で飲んでいた江戸っ子ふたりが、隣の部屋で芸者をあげて騒いでいる田舎侍と引き起こす大騒動。先代の柳家小さん、その弟子の柳家さん喬師匠のうまいところをよく聴いていましたが、してみると柳家の伝統的あたりネタですかね。時は幕末、江戸っ子二人には、隣で騒ぐ薩摩のイモ侍の言うこと「エボエボ坊主の酸っぱ漬」だの「赤ベロベロの醤油漬」がいちいち気に障る。果ては分けの分からない歌まで歌い出した侍の部屋に江戸っ子が乱入して「タタッ斬る」「おお、斬れるもんなら斬りやがれ」の大騒動。止めに入った料理人が手にしていて思わず振りまいた胡椒に双方悪態をつきながらくしゃみが止らなくなる。「喧嘩ですよ、刀を抜きましたよ、大変ですよ」と大騒ぎの芸者さんに料理人「いや、コショウがありません」が落ちでした。抱腹絶倒の滑稽噺ですが、徳川将軍家に愛着を感じる幕末明治初頭の江戸庶民の薩摩の侍に対するやっかみと本音が見え隠れしています。喜多八師匠は、侍が活躍する噺が特に上手いのですが、イモ侍も最高に面白かったです。
最後は「粗忽の釘」。落語でおなじみ粗忽者が活躍?する噺です。この噺も拙僧には先代小さんが強く記憶に焼き付いています。粗忽者の大工がおかみさんと引っ越しをしますが、本人はタンスを背負って出たまま帰りません。引っ越しも終わり片付いた頃、やっと粗忽者が新居に付きました。引っ越し先も分からず出てしまい、探し歩いていたのです。一服もさせてもらえずおかみさんに命令されて箒をかける釘を打つが、壁に打ち込んでしまう。粗忽者はたいへんだと詫びに行くが向かいの家に入ってしまい笑われる。今度は確かめて隣の家に入るが、落ち着かないといけないと煙草をごちそうになりながら女房との馴初めを語って帰ってしまう。ようやく気がついて釘のありかを調べてみると、なんと仏壇の阿弥陀様掛け軸の股間から釘がそそり立っていた。。。 ふつうは頭上からと言うところだが、喜多八師匠はちょっとエッチ。でも粗忽者の表現も師匠はうまいなあ。いや、参りましたです。
さてさてこの後会場はイスを片付けて、パーティー会場に早変わり。喜多八師匠とおしゃべりをしながらワインや差し入れの旨い日本酒を飲みました。サービス精神旺盛な師匠はまんべんなく参加者みんなに声をかけていました。東京の落語界で古典落語では中堅トップグループを先導する師匠のこのような態度には、まったく頭が下がります。大きな芸能プロダクションに所属してテレビや大きなホール落語会を中心に活躍している関西の芸人さんは収入は大きいでしょうが、こんな小さな落語会で少ないギャラで出演することや一般ファンと飲むことなのあるのでしょうか?
俗界においてはスポンサーとコンサル仲間(NYB=嘆きの世直しブラザース)とで、落語や朗読、対談など音声コンテンツのプロデュースと配信をする会社を立ち上げたばかりの拙僧ですが、こうした楽しい場に居合わせる度にちょっと考えてしまうことです。テレビのバラエティ番組などで活躍している関西芸人よりも、ほんとは凄く芸があり面白い東京の芸人さんたちにも、全国区の人気と芸に見合う収入を得てほしいと思う気持ちと、ファンと気軽に飲めるような庶民感覚を持ち続けてほしいという相反する思いの狭間で、ちょっと苦しむ拙僧ではありました。いや、いけないですね。笑いは健康のバロメーターとはどこかの噺家さんの口癖ですからね。
笑う門には福来る。
悩み苦しむことはない。笑いで不幸は吹き飛ばし、幸せを呼びましょう!!!
文鳥舎 http://www12.plala.or.jp/bunchousha/
柳家喜多八師匠と柳亭こみちさんについては落語協会の芸人紹介ページで
プロフィールがご覧頂けます。喜多八師匠はPRビデオも見られますよ!
http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx
テレビ東京の「たけしの誰でもピカソ」で、本田美奈子さんの一周忌追悼番組が放送されました。
月日の過ぎるのは早いものですね。本田美奈子さんは、昨年の11月6日、急性骨髄性白血病で永眠されました。法名(浄土真宗の戒名)は「釋優聲」、享年は38歳でした。生前にはファンとも言えなかった拙僧ですが、多くの追悼番組を見ているうちに遅ればせのファンになり、ある種の感動を覚えて下記の記事を書きました。若いアイドル時代の彼女の歌唱しか知らなかったので、亡くなった類い希な才能に残念でなりませんでした。それから一年、今また彼女の素晴らしい歌声に涙しています。しかしそれはけっして悲しみのためではなく、生きる力を与えてくれる力強い歌声、永遠の歌声への喜びと感謝の涙です。拙僧は根本仏教のお釈迦様(ゴータマ・ブッダ)の直弟子を自任する者ですので、お釈迦様が実質的に否定された死後の世界や霊魂の生まれ変わりなどないと信じています。しかし、それでも「念=強い思い」は残るとも信じています。観音菩薩のような本田美奈子さんの人々への無上の愛=見返りを求めない慈しみと悲しみ(憐れみ)は、CDに記録された歌声と共に永遠にこの世に残り、我々を元気づけてくれるものと信じています。
合掌 観学院称徳
本田美奈子さんを勝手に供養 2006年11月10日掲載(再掲)
ニュースやワイドショーで、先日亡くなった本田美奈子さんの告別式の模様を見て涙し、勝手ながらお経をあげて供養しました。釈優聲という法名を授けられ、彼女も仏弟子となったということです。釈という姓はお釈迦様の釈です。釈迦族の尊者の法統を継ぐという意味で、釈から始まる法名は中国の仏教徒が使っていたものです。それを日本仏教も取り入れ、現在では浄土真宗系の宗派で、この法名を使うようなので、彼女も阿弥陀如来の極楽浄土へ旅立つということでしょうか。
参列者が、みんな勝手に天国へ行っただの、エンゼルと一緒に歌うのだと言っていたが、日本人の宗教観のいい加減さがよく分かります。日本でのキリスト教の普及率は世界最低1%未満。参列者のほとんどもキリスト教徒ではあるまいに。もっともそれでもハロウィンだのクリスマスを盛大に祝うのも日本人だが。。。
また脱線してしまいました。本題に戻します。
彼女はその魂の歌声で、人々に感動と希望と元気を与え続けた歌手、ミュージカル女優として38年の短いけれど、しかし常人の何倍も充実した人生に幕を下ろしました。
以前にテレビ朝日の番組「徹子の部屋」をたまたま見たとき、女優の南野陽子が出演していて、その中の話で本田美奈子が白血病で入院していることを知りました。その時、彼女は再起へ向けてのメッセージを寄せていました。まさか亡くなるとは思えなかったのですが。。。
ほんとはアイドル時代の本田美奈子を、拙僧は好きではありませんでした。私が好きだったのは、だれにも言ったことはなかったが、南野陽子でした。番組で、その南野が本田美奈子の親友だと知りました。さらに番組で「題名のない音楽会」に出演した際の本田美奈子の歌声を聞いて驚いたのを覚えています。
アイドル歌手時代の彼女とはまったく違う本田美奈子がそこにはいて、その歌手としての力量の大きさと、大きな可能性を感じたのを覚えています。
本田さんのミュージカルデビュー作「ミス・サイゴン」の劇中歌や、「アメイジング・グレイス」は、番組中の短い時間であるにもかかわらず、感動の涙を誘わずにはいられませんでした。
本日のワイドショーにおける告別式のニュースでは、子供の頃、演歌歌手になりたかったと言う彼女の言葉と「越冬つばめ」を歌う彼女が放送されました。これもまた感動もの。ほんとうの歌手は、何を歌っても上手いですね。一瞬にして自分の世界を創り出してしまうのです。
今度ばかりは、いやいつもそうかもしれないが、失ってはじめて大切なものに気づく。CDでも買いに行きますか。。。
本日は、般若心経の無上の真言
ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボディー スヴァーハー
往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ。
合掌 観学院称徳
本田美奈子“アメイジング・グレイス”を聴く 2006年11月19日掲載(再掲)
注文していたCDが送られてきました。
『本田美奈子“アメイジング・グレイス”CD+DVD』です。
さっそく聴きました。
今まで聴いたことがないような声がそこにありました。
どこまでも透明感のあるソプラノ・ヴォイスでした。
「アメイジング・グレイス」は、亡くなられた後テレビで放送されていた
英語の歌詞部分が最初と最後にあり、中に岩谷時子の訳詞した日本語の歌詞がありました。
一部引用させていただくと、
「やさしい愛の てのひらで
今日もわたしは うたおう
何も知らずに 生きてきた
わたしは もう迷わない 」
ひとつ一つはありふれた簡単な言葉だけれど、
その組み合わせが神の言葉のように光り輝く。岩谷時子の詞はやはり凄い。
その素晴らしい詞に、本田美奈子は澄み切ったやさしいソプラノで命を与える。
昔の彼女のようなトゲのある声ではなく、
どこまでもやさしい声で、愛の満ちるやさしい詞が、力強いゴスペルに変わる。
思わずまた涙が溢れる。いつからこんなに涙もろくなったんだろう。
2曲目の「タイスの瞑想曲」は、彼女自身の作詞です。
戦争が人の心を傷つけるさまを歌った後、平和な世界の素晴らしさを、
子供たちが無邪気な笑顔や声をあげて走り回り光景に象徴させる。
そして
「ほら 聞こえるでしょう あの鐘の音
風に乗って幸せ運んでくる
あなたにも 小さな花たちにも
生きている喜びを忘れないで」
3曲目は有名な曲「Time To Say Goodbye」を原語のまま歌っている。
上手い。彼女は立派なソプラノ歌手になっていたのですね。
4曲目「風のくちづけ」も本田美奈子の作詞
疲れた心で故郷に帰り、春の風やおぼろ月夜に癒され、
「そうよ 泣いてもいいの 心から」
と、一粒の涙を流す。
「どこからか春生まれ 花が咲くのは
誰かが 照らしているからね」
という希望を取り戻すの言葉で終わっている。
映像詩のようなイメージ豊かな詞です。
5曲目「この素晴らしき世界」も誰でも聴いたことがある
有名なメロディーの曲。
ゆったりと「この世界はすばらしいと」と歌い上げている。
6曲目「ララバイ~ミュージカル『十二夜』より」
ルルル。。。というスキャットが印象的です。
そしてこのCDには、おまけのDVDがついています。
「アメイジング・グレイス」の六本木スイートベイジルでのライブ映像です。
ピアノ伴奏だけの歌声は、ほんとうの実力をうかがわせます。
CDのスタジオ録音とはまた味が違い、華やかで感動的です。
スイートベイジルと言えば、大昔ニューヨークの同じ名前の店で
アートブレイキーとジャズメッセンジャーズのライブを見ました。
アートブレイキー最後の名演でした。
DVDのもう1曲は「白鳥」。プロモーションビデオの映像です。
中学くらいのとき学校で聴いたサン=サーンスの名曲に、
彼女が歌詞をつけています。
「果てしない大空 羽ばたき辿り着くわ
苦しみを喜びへ 変えながら」
「夜空の星になる その日まで
寄り添い 生きよう」
このCDは、入院中の本田美奈子さんの再起を願って発売されたものです。
6曲目「ララバイ~ミュージカル『十二夜』より」は、入院2週間前に
次のアルバムのために録音されていたものだそうで、
たいへん残念ながら遺作となってしまいました。
ご紹介の本田美奈子さんの歌詞が、著作権法の関係で、
一部しか引用できないのが、残念です。
いつの間にか、素晴らしい詩を描ける人になっていたのですね。
素晴らしい歌声と感動を残してくれた本田美奈子さんに
あらためて哀悼の意を表します。
合掌 観学院称徳