きれいな心の効用
Posted in 心に響く名言 on 10/31/2007 01:43 pm by ito あなたの
こころが
きれいだから
なんでもきれいに
見えるんだなあ
相田みつを
書家で詩人の相田みつをの詩。
シンプルな言葉の中に普遍の真理が宿っています。
ほんとうは彼の書と共に味わってほしい。
じわっとメッセージが伝わってきますよ。
拙僧も早くこういう境地に至りたいものです。
合掌 観学院称徳
あなたの
こころが
きれいだから
なんでもきれいに
見えるんだなあ
相田みつを
書家で詩人の相田みつをの詩。
シンプルな言葉の中に普遍の真理が宿っています。
ほんとうは彼の書と共に味わってほしい。
じわっとメッセージが伝わってきますよ。
拙僧も早くこういう境地に至りたいものです。
合掌 観学院称徳
今月のオリンパスシンクる寄席は台風直撃の暴風の中、お江戸日本橋亭に60名を超える熱心な落語ファンを集めて始まりました。鬼才古今亭寿輔と新潟出身革命派の異才三遊亭白鳥という有り得ない異種格闘技対決!
先手白鳥師匠は「恋する蛇女」で早くも爆笑を取ります。42回目の恋に破れ帰郷した幸運を呼ぶ蛇グッズを全身に身につけたおばさんに恋の手ほどきを受けた小学生、初恋の女の子に告白するが。。。誰にでもある子供の頃の甘酸っぱい思い出も白鳥流では笑い話に。
続いて寿輔師匠がド派手な着物で登場、客を食った言動で客を突き放す。桃太郎師匠と同様に落語芸術協会には異色の芸風の噺家が多いのだ。ネタは道楽に飽きた若旦那が幇間の一八や芸者を引き連れての「地獄めぐり」。人間国宝桂米朝師匠で知られる「地獄八景」の前半部分に当たるのだが、現代では地獄の様子もずいぶん変わっているらしい。古典も生きているところが噺という字の由来。小ネタやダジャレをはさみつつ楽しい地獄を巡る。
お仲入りの後も白鳥師匠。会場が暗くなり怪談噺をするという。ネタは古今亭今輔師匠が印象に残る「もう半分」。居酒屋に客が忘れた五十両、返そうとする主人を止めてネコババをしようというおかみさん。客が戻ってくるがシラを切って返し、途方に暮れている客を橋の上で刺し殺し、客は川に落ちていく。陰惨な怪談噺のはずがネタ帳には「メルヘンもう半分」。古典落語を換骨奪胎、果たして抱腹絶倒の笑い噺になるのだが、その秘密はキャスティングだった。おっと危ねえ言えねえぜ。 http://www.moomin.co.jp/data/character.html
トリはもちりん凹凸の無い顔にちょび髭の寿輔師匠。ネタは「自殺狂」、新作ネタでも軽々には語れない問題作なのだ。売れない小説家は考える。三島も川端康成も自殺した。売れっ子の噺家も自殺した。売れてる奴は皆自殺する。自分も死ねば印税ががっぱがっぱと入ってくるに違いない。次々に自殺を試みる小説家の運命や如何に? 大胆不敵な態度と衝撃的なネタで突き放されたはずの客が、いつの間にか師匠の術中にはまっている。恐るべし!タダ者ではない、寿輔師匠でした。
いやー、落語ってほんと~に面白いですねえ。
「わかち与える人には功徳が増大する。
みずからを制するならば、ひとが怨みをいだくことはない。
善い人は悪を捨てる。情欲と怒りと迷妄とを捨てるが故に、
煩悩の覆いをのがれる。」
(『感興のことば ウダーナヴァルガ』第28章2 中村元訳 岩波文庫刊)
自己中心的になっている人は、ひとに分かち与えるということをしません。神仏にお布施をしても、それは現世での対価を求めてのことで自分のためであって、神仏に対する真のお布施とは言えません。また、自己中心的な人は、自らをコントロールできないので、ひとの怨みをかうことになるのです。「ひとは自分を分かってくれない」と思っている人は、ひとの気持ちを思慮することがあるのでしょうか。何故ひとから怨まれるのか、本人には理解できないのでしょうね。
とはいえ自己中心的な心は誰にでもあるものです。自己を制する道はひとつ。
「善い人は悪を捨てる。情欲と怒りと迷妄とを捨てるが故に、煩悩の覆いをのがれる。」
たいへん難しいことですが、自己の言動をよく観察して、日々ひとつ一つ、汚れを除いていけばいいのです。お布施の本当の意味は、自己の大切なものをひとに分かち与えることですが、それはまた自己の情欲と怒りと迷妄という悪を捨てる修行でもあるのです。
あなたの悪しき汚れが除かれますように
合掌 観学院称徳
ラジオデイズから古典落語とエッセー朗読の10月26日ニューリリース!
話芸の街では、昭和の名人のひとり先代の三代目三遊亭金馬(NHK音源)から
『孝行糖』、『堪忍袋』、『薮入り』、『居酒屋』が発売されました。
懐かしい声に、昭和の香りが漂っているようですよ。
ラジオデイズのお奨めは、一押し柳家喜多八は、『死神』
同じく初登場、ぶっ飛び与太郎で一世を風靡した古今亭志ん五は
古典落語の名作『井戸の茶碗』と、たいこもちと道楽者の若旦那の対決?『幇間腹』、
朗読の街、声のエッセーコレクションからは
『声のエッセイ11 落語 -寄席は生きている (原作 福原麟太郎、安藤鶴夫、色川武大)』
演芸研究家 文筆業/大友浩
来週は、鹿児島では大スターの三遊亭歌之介の新作落語もリリースされます。
では、まず試聴からお楽しみを!
先週末、今回で87回目という歴史のある草加落語会に友人に誘われ、わざわざ草加まで出かけました。埼玉県草加市は東武線ですが、今では地下鉄半蔵門線の直通電車があり都心と直結しています。早い日暮れで真っ暗の中央公民館ホールに300名以上の観客が詰めかけていました。みんなのお目当ては人気者の柳家権太楼と、柳家小さん、若手の柳家三三でした。開口一番、柳家ごん坊さんの「たらちね」。そつなく前座を務めました。次に登場した鈴々舎風車さんのネタは「悋気の独楽」。若いお妾さんに嫉妬の炎を燃やすお上さんと丁稚の定吉のやりとりがおもしろかったです。ついつい引退した円楽師匠を思い出してしまいました。
続いて柳家小さん師匠は、先代がよくやったネタ「親子酒」をやりました。親子で禁酒を誓ったものの、親父が息子の留守をいいことにちょっと一杯と飲み出すが止まらない。ついにはへべれけに酔っぱらい、帰ってきた息子もへべれけでご対面という愛すべき酔っぱらいが登場する滑稽噺です。サービス精神からか先代譲りの面白さを堪能させてもらいましたが、ほんとは人情噺の方がキャラに合っていて聴きたかったな。
お仲入りの後は、柳家三三師匠が登場。今日は地方(?失礼)公演営業顔か明るく登場。ネタはラジオデイズでも収録され発売されている「五目講釈」。勘当された若旦那が居候先の親方にたしなめられて働くことになるが、なんと講釈師になると言い出す。練習にと長屋の住人を集めて講釈を始めるが、何でもあり演目がごちゃ混ぜの五目講釈となる。三三師匠の快調な講談調に感心したり、時折はさまれるギャグに笑ったりと観客一同大満足、切りよく引っ込み、トリにつなぎました。
そして登場は、今や大看板となった柳家権太楼師匠。丸い顔を満面の笑顔で飾って初めから笑わせます。ネタは大ネタ「井戸の茶碗」。浪人者から屑屋が預かった仏像を若侍に売ったところ小判が出て大騒ぎ。現代ならば所有権争いが起きるところだが、どちらも刀にかけて受け取らぬ。困った屑屋が家主に相談し丸く収めるために浪人から預かった茶碗が、これまた一国にも値するという名器だった。登場人物すべてが善人。武士には武士道が生きており、町人には町人の貧しいがまっ正直な生き方が尊ばれた時代の噺です。お涙頂戴の人情噺にもなるところだが、流石に権太楼師匠、爆笑に次ぐ爆笑で笑わせながらホロリとさせてくれました。恐るべし。
笑いつつ涙こぼれる落語かな 惰咲亭
「悪いものは善いすがたをもって、
憎らしいものは愛しきすがたをもって、
苦しみは安楽のすがたをもって、
放逸(なおざり)なる者どもを粉砕してしまう。」
(『ブッダの感興のことば』第5章12偈 中村元訳 岩波文庫刊)
人の心はスキだらけ。怠けているとき、弱っているとき、何かにすがろうと思っているときほど、罠にはまる確率が高くなります。取り返しのつかないような深みにはまることのないように常に気をつけなければなりません。悪魔は常に善人面してなれなれしくよい友だちのようにやさしい言葉をかけてくるのですから。有り得ない高額配当を約束する投資話、オレオレ詐欺、インチキ宗教や違法エステ、数え上げたらキリがありませんが、欲望に染まらず自然体で常識をもって見れば誰にでも分かるはずですよ。
気をつけよう 甘い言葉と暗い近道
合掌 観学院称徳
かつてなした悪行を
善によって包むならば
かれはこの世を輝かす
雲を離れた月のように
(『ダンマパダ』第173偈)
生きるということは、ただそれだけでも罪を犯すことになる。洋の東西を問わず昔の人は皆そう考えました。たとえば不殺生戒。汝殺すなかれとモーゼも聞いた。しかし、私たちはその命をつなぐために、日々命あるものを殺しているのです。たとえ身勝手な欲望のためでなく、憎悪のためでもないとしても、他の命あるものによって生かされていることは確かです。
かつてお釈迦様は、999人もの人を殺してその指を切り取ったアングリマーラという凶暴犯を改悛させ、出家させて弟子にしたことがありました。どんなに情状酌量の余地があっても、また罪を憎んで人を憎まずとも言いますが、当時の国王からも民衆からも疑問符を投げつけられました。出家ですから毎日托鉢に出る彼には石が投げつけられ、棒で打たれ、衣は引き裂かれ、血だらけになって帰ります。「耐えなさい。地獄で受けるべき業の報いを現世において受けるのです」と、師は教えられました。後にアングリマーラについて語ったお釈迦様の言葉が前述のようにダンマパダに残されました。
悪を犯さず生きられる人は誰ひとりいない。
でもそれを善によって包むように日々努力するならば、
彼は雲を離れた月のようにこの世を輝かす。
ナムブッダ
合掌 観学院称徳
六回目を迎えたラジオデイズ落語会は、三遊亭遊雀、古今亭菊之丞が登場。開口一番は入船亭遊一さん。ネタは「たらちね」。独身の八五郎に家主が嫁を連れてくる。歳は十九で器量よし、唯一の欠点はお屋敷勤めで言葉が丁寧すぎること。遊一さん演じる新妻の上品な語り口と江戸っ子八五郎のがさつな言動の対比で笑わせてくれました。
さて先手は遊雀師匠、ネタは「初天神」。こちらは今も昔も変わらない父と子の対決。初天神に出かけようとする熊五郎、何故か息子の金坊が帰って来て連れて行けとせがむ。何でも買ってくれと言わないとの約束で渋々連れて行くが、早速金坊のお強請り作戦が始まる。さして面白くないお正月の定番噺だが、遊雀師匠の図抜けた金坊が抱腹絶倒の噺に変えた。古典落語は演者次第でどうにでも面白くなるのです。
続く菊之丞師匠、ネタは「幾世餅」。古今亭志ん生がよくやった有名な噺。搗き米屋の職人清蔵は今を時めく吉原の花魁、幾世太夫の浮世絵を見て一目惚れ、恋煩いで寝込んでしまう。わけを知った主人が一年間一所懸命に働いたら逢わせてやると諭すと、人が変わったように働く。やがて一年、貯めた金に主人が足してくれた十五両を持ち道楽者の医者に連れられて吉原へ。運良く一夜の逢瀬を楽しむが…。江戸時代に流行った幾世餅の由来という今で言えばドラマ仕立てのCMなのだが、職人たちの夢が上質の人情噺に磨かれるところが古典落語の魅力。女形のように様子の良い菊之丞師匠ならではの噺に仕上がりました。
お仲入りの後も菊之丞師匠が登場。ネタは「紙入れ」。小間物屋の新吉は得意先の奥方といい仲。ある日旦那が遠出で泊まりの留守だと呼び出され、お床入りしかけたところに旦那が帰ってくる。慌てた新吉、奥方に逃がしてもらうが、旦那からもらった紙入れを置き忘れたのに気付く。翌朝逃げようと思ったが恐る恐るお店を訪ねると…。したたかな奥方と小心者の新吉、人がいいが察しの悪い旦那との三人のやりとりで笑わせる滑稽噺。菊之丞師匠にピッタリのネタだと思いました。
トリはもちりん遊雀師匠。ネタは古典の定番「寝床」。人はいいが義太夫好きが人迷惑な旦那、今日もご馳走を用意して義太夫の会を催す。番頭に長屋を回らして客集めに行かせるが、ああだこうだと理由を付けて誰も来ない。店の者も病気や外出で誰も聴けないという。ヘソを曲げた旦那、そんな不義理な者たちに家は貸せない出て行け、店の者には暇を出すと言ってこいとお冠。困った番頭は大番頭に相談、皆を呼び出して旦那をその気にさせて会を開くが…。現代にもカラオケやゴルフで迷惑をまき散らす大社長は多いが、芸事にはまると自己中が昂じるのは古今東西の理。遊雀師匠は、だだっ子や人はいいが何かに取り憑かれるとおかしくなる人物を演じると、抜群の人物描写で面白力を発揮する。古典落語って、こんなに面白かったのかと再認識させていただいた夜ではありやした。
落語三昧、笑いは健康のバロメーター! ヒロ伊藤でした。
第11回無限落語は、若手とベテランの対決、本来のネタ下ろしの会となりました。
トップバッターは鈴々舎馬るこ、落語協会会長で暴力派と呼ばれる鈴々舎馬風師匠門下。太った体に白地に金と朱の模様入りのド派手な着物で登場、ネタは「イタコのメロディ」。おかまの特別捜査官メロディ、被害者の残した怨念をイタコとなって再現し数々の難事件を解決してきた。今日もまた浅草で坊主が殺され、メロディは現場へと向かうが。。。噺の展開に合わせて自作の歌を織り込むミュージカルのような、ギターを抱えたフォーク落語という新しい世界を創り出そうとしています。元は音楽を志しライブもやっていたというだけに、客のつかみは上手い。客を巻き込んで乗せて笑わせる。恐るべき二つ目さんです。色物と思われてもいいじゃないですか、迷わずこの道を歩んでほしい。お客はついていきますよ。たまたま同じ半蔵門線での帰り道、ほんの数分だったけど話すことができました。彼が先に降りた別れ際、走り去る電車の窓にホームをステージに熱いエアギターで見送ってくれた彼が見えました。うれしかったよ、他の乗客には何が起こったのか分からないでしょうが、私ひとりのために躍ってくれたのですからね。
二番手は、春風亭栄助。こちらは新作落語で実力ナンバーワンの二つ目。ストーリーテーラーとしてもプレイヤーとしても抜群の才能を発揮している。ネタは「状況説明窃盗団」。デパートの北海道物産展に忍び込んだ、慎重に慎重を重ねて状況を把握したがる親ビンと21世紀に時代劇のような言葉を話す手下、外の見張り役という三人の間抜けな盗賊団で笑わせてくれました。栄助さん本人のキャラクターが醸し出す不思議な可笑しさが、抜群の状況設定と際だった登場人物のキャラクター設定と相まって相乗効果を発揮しています。栄助さんの噺はラジオデイズにも『エンタのジョー』と『怪談はなしベタ』というユニークな作品が掲載されています。その魅力は、試聴してみれば分かりまっせ。。
お仲入り前は、柳家小ゑん師匠。当日午前2時までかかったという出来たてホヤホヤのネタは「老人と趣味」。早期退職をしてやりたい趣味を全部やりつくした老人、朝4時前には目を覚ましてしまい、つまらん、あーつまらん、面白くないと連発する。老人の趣味遍歴が披瀝されるが、小ゑん師匠の老後を見るようで面白い(失礼)。その老人、マンションのドアの郵便入れに配達人が新聞を入れた音を聞いて、新たなる課題を思いつき俄然意欲を燃やすが。。。 階段を上る配達人たちの音の描写などディテールの描写が小ゑん師匠独特の世界を創り出す。流石ですねえ。小ゑん師匠の作品も『フイッ』『樽の中』『鉄の男』『ぐつぐつ』4つがラジオデイズに掲載されています。
お仲入りの後は、古今亭錦之輔師匠が登場、来年5月にはな、何と古今亭今輔を襲名するという。今輔といえば、独特のおばあさんキャラを産み出し数々の新作を創り出し、古典にもそのアクの強い自身のキャラクターを活かして独自の世界を今に残した昭和の名人のひとり。「ラーメン屋」は圓朝もびっくりの名作です。その今輔を継げるとは、新作落語の道を行く落語家には羨ましい話です。イメージはまったく異なりますが、錦之輔師匠も若手新作落語家の実力派で、若者の生活感から離れないところで有り得ない設定ととんでもない登場人物が活躍するストーリーを創り出し、その独特のマンガチックな風貌を活かして演じています。この日も「僕の彼女は、くのいち」というその通りのネタで、彼女が首領の娘の女忍者だったらどうなるかで噺を展開しています。錦之輔師匠もラジオデイズに『甲子園の魔物』と『チョココロネ政談』の二つが発売されています。
トリはもちろん三遊亭円丈師匠。ネタは「結婚センター5080」。もう来ている老人社会、結婚相談所も老人の相談が増えている。そこで50歳から80歳までOKの相談所がオープンしたが、来るのは80歳以上90、100歳を越える老人達だったという、笑えないけど笑ってしまう噺でありました。噺は創れるが記憶するのが大変という円丈師ですが、その確かな登場人物描写はもの凄く、ファンは十二分に楽しめました。まだまだ枯れるには若すぎますからね。師匠の作品も『遥かなるたぬきうどん』『幽霊物件コレクター』の二つが、ラジオデイズにあります。小ゑん師匠の「フィッ」も円丈師の作です。試聴してみてくださいね。
いやー、落語って、新作落語って、ほんとーに面白いですねえ。
たとえ自らの得るところが少なくても
得たものを軽んじてはならない。
しかも他人を羨んではいけないよ。
(『法句経』第365,366偈より)
人は誰でも他人のことが気になるものです。同じものを食べていても隣の魚が大きく見える。しかしたとえ自分の得られるものが少ないからといって軽んじていては、貪りが尽きない餓鬼と同じです。心はどこまでも欲でいっぱいになり、苦しむことになるのです。たとえわずかでもあなたの得たものは、あなたを生かすための尊い賜り物です。他人を羨んでも、あなたの取り分が多くなるわけでもありません。あなたへの賜り物は、あなた自身の行いによってつくられたものです。肉食獣でも自らを生かす以上の獲物を捕ることはありません。少欲知足は、清浄で心の安定と幸せを得る清浄行だということもできましょう。
あなたの心が悪しき欲望で満たされることのなきように!
合掌 観学院称徳
