真夏の夕暮れ、久々にカイズに会ったこと

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剣崎2010夏今年の夏は、さすがに足繁く磯へ出る勇気が湧かなかった。
それでも、7月19日には剣崎へアジを狙って出かけた(ボウズ)。
先週末は、沖釣りの師匠であるSさんの「そろそろカイズですかね」の一言にインスピレーションを得て、毘沙門へ出かけた。

「活きエサの徳丸」でサナギのミンチを買うのは、多分、4年ぶりだ。2006年の夏のちょうど今頃、名向崎で39センチのクロダイを釣って、しばらく同所へ通ったものの後が続かず、以来、サナギから遠ざかっていた。
徳丸の浜田さんに、釣況を聞くとカイズの話はあまり聞かないが、クロダイは小網代でけっこう大きいのが出ていると言う。メジナも型は良いらしいが、今年はアジがさっぱりとのこと。この季節に三崎などの港内に入ってくる豆アジが全然釣れないとか。

毘沙門も1年ぶりだ。この日は東風崎でも大畑崎でもなく、駐車場の目の前の、通称「ゴミ捨て」の付け根に入った。人の多い釣り場だが、みんな先端を狙うので、付け根の浅場は穴場のような格好だ(実はカイズの濃いポイントと言われている)。
サナギを混ぜ込んだコマセをせっせと投入していると、なぜかキューセンがヒット。
ピンク色の夕闇が背後の断崖を染める頃、棒ウキをぐっと押さえ込むアタリが出た。
軽く竿をあおるとキューンと穂先が絞り込まれる。
おお、これは、本命だね! 
25センチほどの元気なカイズがヒラを打って海面に現れた。
小さいけれど、久々のクロダイ。こいつが釣れるとやっぱり誇らしい気持ちになる。
暑さはまだ続きそうだが、カイズが釣れると、釣り人には秋がやってくる。

ボート池、真夏の灯篭ナイト

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ボート池石神井公園は、我々3年J組にとって、やはり格別の場所である。
体育会系はこの池の回りをいやになるほど走った。
不良系は授業をサボっちゃ何本もの煙草を吸った。
恋愛系が口説くのは大体ここか武蔵関公園だった。

その石神井公園で、なんと60年も続く灯篭流しがあるという。しかも、その夜は、ユキヒロ・バンドのライブもあるというので、恒例の高校の友人たちの暑気払いは、ボート池に8月7日、19時集合!と相成った。

アイスボックス一杯の缶ビール、駅前スーパーで仕込んだオトナのツマミ十数種!
ポンポンと花火が上がって乾杯! 亡き友人たちの精霊を流す頃には、前座の(?)ロック歌謡バンドの演奏が始まる。
40年前の高校三年生たちは、こうやって集まると一挙に退行する。
体型こそ多少変わったけれど、1970年と同じようにシャイに不器用に可愛くなる。
あの頃、君は若かった。頑固でツッぱってて、のぼせてて、有頂天で、世界を信じてた。
ロングヘアもリーゼントも、ベルボトムもガクランも、ミニスカートもロンタイも、ま、こうやって歳を取ってきたのは奇跡のようなものである。
だから、乾杯!

yukihiroそうこうするうちに、ユキヒロ・バンド登場!
中村ユキヒロ君は、塗装業を営むジモティだが、ギターも歌もうまい。高校生の頃はモヤシ体型だったが、今はスイカのようなダンディぶりである。彼が中心になって、石神井中学に子どもを通わせたパパとママたちで結成したバンドらしいが、ここ数年、この灯篭流しで演奏を重ねてきたという。当夜の演目は、もっぱらJ-POPで、ユキヒロ真骨頂のクラプトン・ブルースは炸裂しなかったが、まあ、夏休みのボート池だから仕方ないか…。
途中で、電気が落ちるアクシデントもあったが、アンコールをRCサクセションの「雨あがりの夜空に」でキメて、やんやの喝さい!
こうして、井草高校3年J組の夏がまた行く、のでありました。

『つり人』創刊号とキントキ祭り

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過日、神田神保町へ赴いた折、古書店「鳥海書房」へ立ち寄った。
釣り本のチェックである。
古書センターの店舗では、橋与司男著『磯釣り』(1962)と敏蔭敬三著『磯の中小物釣り』(1964)を求める。いすれも西東社刊。かつては手元にあった本なので懐かしい。高度成長期の只中で、日本の最初の釣りブームの時期だろうか。小学校から中学校にさしかかる頃、僕もまた釣りに熱狂していた。

同じ鳥海書房の裏通りの店舗へ回ると、面白いものを見つけた。
『つり人』第1号~5号の合本である。複製ではなく、ホンモノを5冊、ハードカバーで製本してある。但し、私家本ではなく、「発行所 つり人社 発売所 星書房」とあるから、何かの事情で(在庫処理?)販売用に合本を製作したものらしい。鳥海書房の方に尋ねると以前にも扱った経験があるというから、私が知らないだけで、釣り本ファンには馴染み深いアイテムなのかもしれない。

由緒正しき『つり人』の創刊は、1946年7月号。表紙は季節柄、鮎を描いた着色画である。巻頭は、伊藤斌氏の「民族と釣」。執筆者には、佐藤垢石や井伏鱒二の名前が見える。いずれ、じっくり内容の分析をしてみたいものだが、今はその時間がない。

キントキ6月26日、三度目の沖釣りは、イサキの夢を捨て切れず、再び、小網代の新谷丸へ。
梅雨の一瞬の合間で、靄のかかる城ケ島沖は穏やかだったが、アタリは遠かった。
一時、キントキダイが入れ掛かり、奇妙な祭りも現出。なんだか、今シーズンはイサキには縁がない様子である。
それでも、船長のおっしゃる通り、キントキは刺身も煮つけも一夜干しも極上だった。
ま、ひとまずは、相模湾の恵みに感謝!

シロギス、天ぷら、Satisfied。

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あい川丸この1ヶ月間いろんなことがあったのだが、なかなかブログに書けなかった。
ワールドカップが始まったせいもあるが、ブログライティングのための「もう1時間」が取れない。日曜日の11時頃にようやくPCの前に座るのだが、もう疲れてしまっている。

まず特記すべきは、沖釣り第二弾。小網代の新谷丸につづき、Sさんのお導きで金沢八景・「あい川丸」のシロギス・アジ・リレーへ。
朝はシロギス。青イソメをつけて船べりからぽんと15号の錘を投げ、着底したら糸フケを取って様子を見る。アタリがなければ、軽くしゃくって錘を手前へ寄せてくる。
そのうち、穂先へブルブルッときて、巻き上げると20センチオーバー。数は少ないが型はいいという船宿のHPの情報通りである。

この日は、Sさんの若い後輩Kさんとその奥さんもやってきて、見よう見まねでちゃんと中型のキスを釣り上げている。「タノシイ~♪」という明るい声が隣から聞こえてくるとこちらも一緒に楽しくなる(こういうところが礒釣り的オヤジ世界とは異なる風情である)。

午後は、アジをさくさくっと20~30のつもりでいたが、潮が動かず、また惨敗。沖釣りでは一番メジャーなアジ釣りなのに、運が回ってこない。
船長は3時近くまでねばってくれたが、最期まで好転しなかった。
結局、僕はキス12、アジ1。
それでも、その日の夜は、キスの天ぷらがたっぷり楽しめたから、Satisfied。

なぜか芝居もふたつ続けて見にいった。
唐組の「百人町」は新宿花園神社。蜷川の「ムサシ」は埼京線で出かけた。
唐十郎はもうまるで古今亭志ん生。舞台に出てくるだけで観客の拍手が沸き起こる。
「ムサシ」では、女歌舞伎役者「舞阿弥」を演じる白石加代子が圧倒的であった。この人は、この世ならぬものを演じてやはりピカ一である。

関東は、本格的な梅雨に入った。
晴れ間を拾って、南伊豆の沖磯へイサキ釣りに出かけたいが、踏ん切りがつかない。

沖釣りデビューで(なぜか)メジナを釣る

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新谷丸1最後に船で釣りをしたのはいつだったか?
三浦の長井港からボートを漕ぎだしてアジやサバを釣ったのを別とすれば(あれは釣船ではなくてボートだから)、父と一緒に走水か金沢八景から出港してアイナメを釣った時だろうか? まだ上の娘が小学校に行っていた頃だから、すいぶんと昔のことである。 
2005年に釣りにハマり直してからは、ただ一筋に磯釣り(とごくたまの投げ釣り)に打ち込んできた。
なによりも磯に立つのが好きだからだ。
もそっとえらそうに言えば、船頭さんなしで自分の判断と技術で釣るのがイイと思っていたからだ。さらに偏見に満ちた言い方をすれば、アジやタイなんかを沢山釣るための(!)船釣りなんてオヤジの趣味じゃないかと思っていたフシもある。

このたび、そのような狭小な考え方を改めることにした。
なによりもSさんに誘ってもらったからだが、そろそろ自分の釣りの世界を拡げたいと思っていた。沖釣りには未知の楽しみがありそうだし、かなりの確率で(磯ではなかなか釣れない)美味いサカナを手に入れることもできそうだし…。

というわけで、土曜日に三浦の小網代港へ向かった。
お目当てはイサキ。新谷丸で洲の崎沖の「沖の瀬」へ向かった。

航程50分。快晴、ほぼベタ凪ぎの「沖の瀬」ではじめて電動リールを操る。
60号のビシをしゃくってコマセを振り出し、50メートルの指示棚で待つ。
でもね、ググッとくるはずがこなくて、約2時間しゃくっては上げ、下ろしてはしゃくるも生体反応なし。
で、サカナの宝庫のはずの「沖の瀬」に背を向けて、三浦半島へとって返し、城ケ島沖や諸磯沖を転々とするが、ポツリポツリのアジ、イワシのようなベビーイサキという惨状。
「こんなことって、あんまりないんだけどね」とSさん。いやいや、この5年間、なんどもなんどもそのセリフを聞いてきましたから、私はちっとも驚きません。

新谷丸2結局、この日の釣果は、アジ1とメジナ2と小イサキ2。
なぜか沖釣りでもメジナを釣ってしまうあたり、いったん身につけたクセの直りにくい我が性癖を感じる。デカイ方は39センチの堂々たるクチブトでした。
でも、楽しかったので、また、行きたくなった。
相模湾のシロギスも、走水の大アジも、久里浜沖の真鯛も、剣崎沖のワラサもやってみたい。まるで、子どもみたいにワクワクしてくる自分に呆れている。

夜は浅場を狙い撃ち

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金子日本が一番美しい季節は五月だと思う。還暦まであと2年の僕だって風薫る五月には将来に希望を感じたりする。「まだ、ひょっとしたら人生にいいことが残っているかもしれない」という期待である。ところが、五月はどうもサカナが釣れない。
今年は、剣崎で見事にクロダイを釣りあげたSさん、その後輩Kさんと一緒に三浦半島へ向かった。この連休に繰り出すだろうクルマの量を考えると、とてもじゃないが遠出はしたくない。

当初は、野島防波堤で最後の戻りカレイという企画だったが、南西風が強いという予報を見て、風裏のポイント候補の中から、協議の末にゴーシュー浦と相成った。

ここは、10年以上前にカレイを狙って来たことがある。
北東風に煽られて間口港へ退避し、ウキ釣りに変更して腹ボテの海タナゴをいくつも釣った記憶がある。あれは、まだ私的磯釣りリバイバルの前。まるでジュラ期の頃のようだ。

Kさんは、茅ヶ崎の住人で堤防のカジュアルアングラーだ。磯のフカセ釣り始めてだという。コマセや仕掛けの作り方、竿の捜査などを一通りお話して様子を見ていると、ちゃんとタスキ振りでウキを投じている。なかなかセンスがよろしい。

しかし、GWである。当然のごとく釣れない。
Sさんはベラにフグ。小生もベラ、ベラ、フグときて、夕日が水平線に近づく頃ようやく掌サイズのメジナを1尾。それでも、メバルに期待して、例のごとくケミホタルナイトに突入した。波が騒ぎ出してイイ感じだが、食わない。

ゴーシュー浦のメジナそこで私は左手の浅場へ移動。小さな根の際へエサを落とすと、びゅっとウキが斜めに入ってガツン。がま磯の1.5号竿がぎゅんと絞り込まれてそのまま動かない。根に張り付かれたようだが、ラインにテンションをかけて十数秒待っていると僅かにサカナの動きが伝わってくる。
あ、根から出た! 竿をあおるとゴンゴンと突っ込む。かまわずリールを巻いて寄せる。タモが手元にないから、磯際へ引っ張ってハリスをつかみ、抜きあげた。
大ぶりのメジナ。後で測ったら38センチ。三浦半島の自己ベストだった。
夜、メジナは浅場に入り込んでくる――これはウソじゃない。

All THAT JAZZ, ALL THAT LIFE

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横山追悼コンサート先週の土曜日に横山涼一君の追悼の会があった。
昨年10月、彼は57歳の人生に区切りをつけて、あちらの世界に行ってしまった。
おいおい、そいつは早すぎるんじゃないのかいと誰もが思った。
彼は、ジャズの世界を中心に多くのプレイヤーと演奏をしてきた。その仲間たちが集まって、彼を偲び、一夜限りの素晴らしく豪奢なコンサートを開いてくれた(中野坂上ハーモニーホール)。

セッションに参加したのはなんと11グループ。全部で50人近いジャズな人々が弾いて、叩いて、吹いて、歌った。
ミュージシャンの皆さんの平均年齢は多分50代の前半だろうか。その多くが、70年代以後、必ずしも賑やかではなかったジャズの世界で、したたかに自分の音楽を追究しながら、メシを食ってきた人々だ。
なんていうか、All THAT JAZZのようなALL THAT LIFEである。

最後のセッションは、五十嵐明要さん (アルトサックス)、原田忠幸さん(バリトンサックス)、杉原淳さん(テナーサックス)の3管バトル。お三方の年齢を足し算すると200歳を遥かに超えるベテランたちである。横山君の、良き理解者であり、応援者であり、仲間であり、兄貴たちであった方たちだ。
本当に素晴らしい追悼コンサートだった。ジャズを堪能し、この世界の人々の友情のクオリティを知った。

アルプス山麓、サナトリウムがあった町

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レザン2年ぶりにヨーロッパへ行った。スイスという国である。
成田を発ってチューリヒへ、さらに国内線を乗り継いでジュネーブへ、またさらに列車でレマン湖のほとりをひた走ってとある町で降り、またまたさらに登山電車で標高1000メートルを越す小さな町へ上った。
さすがに遠い。横浜の我が家を出てから20時間近くかけてやってくると、(町の住人には申し訳ないが)「地の果て」という感じがしてくる。

今回は観光ではないから、あちこちを見て回ったわけではない。約1週間、人口3,000人の町に留まり、とある施設の調査や取材を行った。毎朝、窓のカーテンを開けると、目の前に遥々とアルプスの山並が広がる。4000メートル級の山々はどこか非現実的だった。

戦前、この町にはサナトリウムがあった。当時は、滞在者も含めて20,000人が住んでいたという。南にアルプスを望む北斜面は風を背にして過ごしやすく、乾燥した冷気は結核の治療に適していた。斜面には、療養所やホテルなどの建築物が次々に立ち並んだ。
トーマス・マンの『魔の山』の舞台はダボスのようだが、『巴里に死す』を書いた芹沢光治良はここのサナトリウムで療養した。現在、ボーディングスクールが使用している建物が、芹沢が滞在したホテルであるらしい。

滞在して4日目ぐらいに、ふと山を眺めて暮らすのはどういうことなのだろうと考えた。
山は、季節や時刻や天候によってどんどん姿を変えていく。さっきまで高峰が快晴の天空を突き刺していたのに、たちまち濃い雲海の中に後退していく。そして黄金色に染まっていた山肌が、そっけないほどの速度で暮色の薄墨の中に沈んでいく。でも山はそこに確かに、圧倒的に存在しつづけている。
山を信じるというのはとてもよく分かる。山と自分の間に距離があり、相手がとにかく大きいからだ。正面にいつも山があるこの町の住人は、たぶん謙虚で慎み深いに違いない。

この地域のワインは美味しい。清冽でいて腰が強く、しかも余韻が和やかである。(しかも日本にはまったく輸入されていない)
白いトカゲのラベルがついた地元ワインを購入した。たぶん、棚田のような葡萄畑の石垣には、この白トカゲがちょろちょろ出入りしながら、桶からこぼれた葡萄の汁を啜っているのに違いない。

春の宵、神保町の夜は更けて

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2010_04023je88ab1e8a68b201004030069small土曜日は、午前中、「アートフェア東京」を見にいった。
友人の辛美沙さんがエクゼクティブディレクターを務める、美術品の展示即売会である。
11時のオープンの直前に、東京国際フォーラムへ着いたら、既に長蛇の列。人混みをかき分け、駆け足で会場を見て回って、外へ出たところで辛さんとバッタリ。
「すごい、大盛況だね」というと、「信じられない。東京の人ってこんなにアートが好きだったのかしら」なんて言っていた。ヤヨイ・クサマの820万円の絵が少し欲しかった。

午後は花見。もう何年になるのか、高校時代の仲間との年中行事である。
夕暮れ近く、靖国神社の大鳥居の下で待ち合わせ、千鳥ヶ淵を散歩して満開の桜を愛でる。その後は、わらわらと近所の居酒屋へ駆け込んで、飲み食いかつ喋り、出来上がったところでカラオケへ出陣する。きわめてシンプル、きわめてジョイフル。いっさい余計なものがない春の宴なのである。

去年の印象がよかったので、今年も神保町の「炎心○」という不思議な名前のお店にお世話になった。炙ったタケノコやマグロのナカオチなどちょっと変わったメニューも楽しかった。飲み放題の日本酒も淡麗な「高清水」。しめて5500円は安いと思う。

カラオケはいつもの大騒ぎ。
20世紀の歌はもちろん懐かしいが、21世紀のよく知らない歌も楽しい。
サザンもいいけど、我々はビートルズが一番ノレる。
僕は、大瀧・松本コンビの名曲「冬のリヴィエラ」のリクエストを頂戴し、絶唱。
最後はこれまたいつもの「遠い世界に」。
大いなるマンネリズム、大いなる繰り返し。たぶん、これで、いいのだ。

剣崎、堂々たる黒鯛

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仙石@剣崎正月以来、魚釣りから遠ざかっていた。
身も心も少々竦んでいて、寒風を突いて磯へ出る覇気に乏しかったからである。
そこへ、ある偶然から、同じ地域に住む知人が同好の士であることが判明した。
そうですか! そりゃ、知らなかった。じゃ、こんどひとつ、という具合に話が進み、春のお彼岸に三浦へ出陣することにあいなった。

そのSさんは、某大手企業のコンサルティング部門のリーダーである。
私よりおおよそ一回り下で、只今壮年のさなかを突っ走っている。
ふだんは船で、旬の美味いサカナを追いかけまわしているようだが、磯の潮風にも吹かれてみたいとおっしゃるので、この日は剣崎の寒メジナというテーマに付き合ってもらった。我が家からクルマで5分ほどのSさん宅へ出向き、ご本人と釣り道具をピックアップ、横横道路で一路、半島の先端へ向かう。僕も剣崎は昨年の9月以来だ。
前日まで吹きすさんでいた春の嵐の余韻で、ベット島の磯の波はまだ高い。時折、先端がざんぶと洗われている。
僕は、馬の背のような磯の右側へ北東風を避けて入り、Sさんはさらにその右手のワンドで竿を構える。
風は、予想以上に強い。コマセが思うように飛んでいかない。
しばし風波と闘ったが、波が足元へ這いあがってきたので、Sさんの方へ移動する。
この時点で、僕はウミタナゴ1尾。Sさんはゼロ。
これはきびしいことになりそうだ…
ところがその十分後、ただならぬ喊声に振り返ると、Sさんの二間半の竿が大きく撓っているではないか! おお、これは、まともなサカナであるよ。
波間にぽっかり浮いてきたのは、寒メジナではなく、正真正銘のク・ロ・ダ・イ!
タモで救った銀ぴかの魚体は38.5センチ。乗っこみの第一陣のようであった。

磯で竿を振るのははじめてというSさんだが、みごとに剣崎の豊玉姫命を振りむかせた。
これで、ハマらない人はいないはずだが。