たぶん27年ぶりの上海バンスキング
Posted on 月曜日, 3 月 22nd, 2010 at 12:45 AM
最後の公演から16年ぶりの「上海バンスキング」だという。
不覚にも気づいたのが遅くて、ようやく買えたのは千秋楽の直前、3月12日、中2階の立見席である。いいや、それでも、とにかく見に行こう!
しかし、3時間半のスタンディングは、つかの間の夢のように終わった。
シアターコクーンの舞台で歌う吉田日出子は、演奏する串田和美や笹野高史は、初演から30年後の(少しだけ老いた)バンスキング達だったが、楽しく懐かしく素晴らしかった。
幕が開いて、「ウェルカム上海」の演奏が始まった時、軽い眩暈に襲われた。
この間の短くない月日はいったいなんだったのか、と。
「上海バンスキング」が評判になった頃、僕はまだ駆け出しの編集者だった。芝居の存在を知ったのは、勤めていた出版社の先輩のマンションだった。恐らく新宿で飲み、したたかに酔って転がり込んだはずである。夜更けに、男4人がウイスキイを舐めながら、煙草を吸っている。話のネタはあらかた尽きている。もう寝ようぜと誰かが言い出しそうな、その時、マンションの家主であるRさんが、(たぶん)カセットテープを回し始めた。それが、「上海バンスキング」だった。華やかで切ない日出子の歌に、みんな息を呑んで聞き入った。亡くなったKさんもそこにいた。
その後、多分、第3演か4演あたりの舞台を博品館で見た。芝居がはねて外へ出ると、銀座八丁目がまるで黄浦江のバンド(外灘)のように見えた。数年後に上海交響楽団の取材で本当の上海へ出かけたが、なぜかあの街は訪ねる前からノスタルジーの対象だった。「上海バンスキング」のせいだけではない。上海は行ったこともないのに懐かしい街なのだ。
これはたぶん僕だけではない。「上海バンスキング」の大きな成功は(いや、あらゆる上海物語は)この誰にも公平に分け与えられたノスタルジーの賜物である。上海は、20世紀の都市の記憶を生み出したマザーシップなのである。
アンコールの代わりに、日出子はコクーンのロビーで、「リンゴの木の下で」を歌い、最後にもう一度、「ウェルカム上海」を歌った(上の写真)。もう満足だった。十分だった。幸せな夜だった。